先生のご専門は?
これから世界の人口は約90億人以上に増えると予想される中、石油資源の枯渇や、陸上の食物だけでは人類の食を賄いきれなくなる時代がきます。私は藻類が潜在的に持っている価値を、多方面に活用できるようにするために必要な研究をしています。
燃料や食料生産を目的としたとして、藻類研究は着実に進んでおり、2030年頃には藻類燃料が実用化されると予測されています。さらに、家畜や水産養殖飼料を、藻類が配合した飼料に変えて行こうという動きが活発になっています。
また、藻類が持っている有効な成分は、化粧品や健康食品等に利用されています。例えば、オーガニック化粧品として販売されている製品の10%は藻類の成分が入っている製品で、1.2兆円の市場規模をもっています。藻類は人類にとって燃料や食料のみならず、パーソナルケアなどにも有効に活用できる生物です。
食べ物として伝統的に食べている「海苔」「わかめ」は、まさしく藻類。サプリメントとして活用しているクロレラやスピルリナも藻類です。つまり、我々は日々の生活の中で直接的に、藻類を食料やサプリメントで摂取しているわけです。
将来的には「ご飯」のように主食になってくるのでしょうか?
主食になるかどうかは、その国の伝統がありますからどうでしょうか。
しかし、例えばクッキーなどには藻類が使われているし、アメリカでは藻類のチョコレートの販売もされています。アメリカは健康志向が強いですからね。
魚に含まれる「DHA」を体内に高濃度に蓄積する藻類が存在します。この藻類を配合した飼料を養殖魚に与える事になってくるでしょう。なぜなら、自然界の魚の体内では「DHA」を作っているわけではなく、食物連鎖で自然と蓄積しているものなので、養殖魚の餌にDHA成分をいれなくてはなりません。
そのため、「藻類を上手に餌に混ぜ合わせて養殖の飼料にする」という動きが活発になってきているわけです。
先生が研究されている「オーランチオキトリウム」「ボトリオコッカス」について教えてください
ボトリオコッカスは1800年代半ばくらいに発見され、今では世界中で見つかっています。日本で言うと、ダム湖にネットを引っ掛ければ、必ず採取できる藻類です。
オーランチオキトリウムは、亜熱帯のマングローブの原生に生息するという報告が多いのですが、調査を進めると、実はマングローブだけではなく、様々な地域に住んでいる事がわかってきました。東京湾河口近くの水域や青森湾にも住んでいます。
私がオーランチオキトリウムの研究を始めたのは、ニュージーランドにあるマッセイ大学のキスティー教授が発表した「微細藻類からのバイオディーゼル」と言う論文の中で、オーランチオキトリウムの仲間が、藻体乾燥重量あたり55%〜70%以上の高濃度でオイルを蓄積すると書いてあったからです。
とはいえ、この藻類は有機物をとって増える従属栄養性藻類で、光合成をせず、二酸化酸素を吸収しないのであまり注目されていませんでした。ただし、それを増やす有機物源として、植物が作った有機物を与えれば間接的に光合成を行っている事になります。つまり、我々もそれを上手に使えば、二酸化炭素排出削減に貢献し、オイルができると言う事で注目をしました。
※「オーランチオキトリウム」
ラビリンチュラ類に属する従属栄養藻類で、有機物によって増殖するのが特徴です。光合成を必要としないので、光がなくても炭化水素オイルを生産します。
※「ボトリオコッカス」
正式名は、「ボトリオコッカス・ブラウニー」。緑藻類に所属する藻類で、淡水に生息し、光合成により炭化水素オイルを生産する微細藻類です。大きな特徴としては、10-20μm(マイクロミクロン)の径の細胞が集塊したコロニーを形成し、オイルを生産します。そして細胞で合成されたオイルは、細胞外に分泌されます。多くの藻類が生産するオイルはトリグリセリド(いわゆる植物油)ですが、ボトリオコッカスが生産するオイルは炭化水素(いわゆる石油系オイル)のため、ガソリンの代替燃料としての利用が期待されています。
この施設で培養をしているのですか?
オーランチオキトリウムは、私達の施設で、増殖とオイル生産性の高い条件を見つけるために1ℓ~90ℓ規模の培養装置を使って実験しています。
藻類バイオマスはエネルギー問題を解決に導きますか?
エネルギー問題を語る時に必ず出てくる課題は、化石燃料との値段の比較です。現在の原油価格はだいたい1リッターあたり50円〜60円です。燃料として使用するには、リッター100円以下にしなければなりませんが、現状はとてもそのような値段になりません。それに近づこうと技術開発の努力はしているのですが、もう少し時間がかかります。
しかし、化粧品など他の用途の場合はリッター1000円でも売れるわけです。多分野に用途拡大がされ、大勢の方が利用してくれる事によって、燃料化の実用化も進んでいくと考えています。燃料化については、100年後という時間スケールではなく、2030年くらいにメドが立つのではないかと見ています。
現在は、政府の補助を受ける事もできないほどコストが高いのですが、コストが低くなると補助の対象になるかもしれません。太陽光発電がそうだったように、補助の対象になれば、燃料オイルも実用化に向けて大きく進む事でしょう。
2020年東京オリンピックに向けて何かアクションがありますか?
経産省のエネルギー庁が、「2020年に飛行機の燃料をバイオ燃料に変えて行こう」という動きはあります。
藻類の研究はアメリカが進んでいるのでしょうか?
昔はそんなイメージもありましたが、現在はアメリカが進んでいると必ずしも言えない状況です。最近アメリカのエネルギー省がまとめた研究技術報告を読むと、アメリカのエネルギー省が出した方針と日本の経産省エネルギー庁・農水省が出している方針は、ほぼ変わりませんでした。アメリカのエネルギー省も「藻類燃料は2030年くらいにリッター1ドル切るだろう」と表現しています。
今までの藻類燃料への期待話は、少々誇張していた部分もあるかもしれません。良い例が、藻類研究のために約600億円を用意した、世界最大手のオイル会社エクソンモーバイル社です。2009年当初、エクソン社は藻類オイルを5〜10年のうちに実用化すると発表しましたが、4年後の2013年3月に最高責任者が「実用化にはあと25年かかる」と方針転換をしました。
「なぜ5〜10年で実用化という話をしたのか」というインタビュアーに対して、最高責任者は「当時は藻類に限界がある事を知らなかった」という答えだったのです。しかしその見解は「あと25年はかかるでしょう」と具体的な数字が出たため、現実路線に見方が変わってきたという事でしょう。
2013年の言葉に先立ち、2010年アリゾナ州フェニックスで開催された、アメリカの藻類バイオマスサミットでは「夢は語ろう、でも誇張はやめよう」という発言が相次ぎました。見識ある研究者は藻類の燃料化が難しい事はわかっていたのですね。
藻類は少なくとも30万種類もあると聞きます。今まではどのような活用がされていたのでしょう?
藻類は他の陸上植物に比べて社会的ニーズが少なかったのですが、実は基礎分野で長年研究されていました。藻類の種類・効能が、地球の環境の中でどのような役割をしているのかが、かなり明らかにされています。
一方で水域の富栄養化と共に、赤潮・アオコなど藻類異常発生の問題等で社会的には悪い印象を持たれ、赤潮防止やアオコの抑制研究の対象になっています。しかし、本当に悪いのは海や湖沼を汚した人間です。
また、細菌類・カビ類は抗生物質などで広く利用されてきましたが、藻類の利用は今まで限られていました。未開発の生物資源と言っていいものです。今後、藻類が持つ成分や機能を調べる事によって、用途がドンドン開発されていくでしょう。
藻類の力はすごいですね。
地球の環境形成、人間の文明の発達に、藻類ほど役に立った生物はいません。太古の世界は、大気のほとんどが二酸化炭素で覆われていて酸素がなかったのですが、約30億年前に初めて藍藻類(シアノバクテリア)という藻類が現れて、光合成を行い、長い年月をかけ、二酸化炭素が減り、酸素が増え、現在の大気になったとされています。
石油を作ったのも藻類と言われています。例えば、サウジアラビアなど中東の産油国の石油は1億年前にできたと言われていますが、当時は陸地ではなく、浅い海が広がっていた場所でした。そこで藻類のプランクトンが大発生していたわけです。水深は浅いし太陽はよく当たるし、それを食べる動物性のプランクトンもたくさんいた。その地域の地殻変動で、繁殖していたプランクトン類が海底に沈み、高温高圧下で変性して現在の石油になったと言われています。
藻類が一生懸命つくった環境を壊したのは人間です。しかし、もう一度藻類の力を借りて、環境を作り直すための技術を作っていく事が大切だと思っています。
次世代のエネルギーとして注目されています。これからの問題点はなんでしょう?
藻類を増やし、そこからオイルを取り、燃料にしていく。そのプロセスにかかるエネルギー消費が多いですし、コストも高いです。それを化石由来の原油と同じくらいのコストに押さえる技術が必要です。しかし、これは常識的に考えて、すぐにできる技術ではありません。
確かに美容品などに使う技術は今でも充分です。しかし、技術開発者から言えばすでに確立した技術です。エネルギーを生産する技術開発は困難を伴いますが、研究者としてやりがいのあるテーマと仕事です。
アメリカ国民から今回選出されたドナルド・トランプ大統領が、化石燃料に力を入れる政策転換を公言していますが、そうなると、アメリカのみならず世界中の藻類技術開発は遅れてしまうのではないかと懸念されます。
平成29年の現在はどこまで技術が進みましたか?
今はおもしろい状況になっています。「オーランチオキトリウム」「ボトリオコッカス」にはこだわらない方法で進めています。そのきっかけは東日本大震災でした。被災した地域から、藻類でエネルギーを作れないかと言う相談がきました。しかし、正直申し上げて燃料を作る事はそう簡単ではないため、最初は少し躊躇しました。
ただ、その時の政権が「福島はエネルギーの拠点にする」という指針をはっきりと出していた事、被災者の皆さんからの「我々は絶望状態にあるが、一筋の光を見せてください」というお願いに心を動かされ、スタートしました。
「オーランチオキトリウム」は高価なタンクの中で増殖するため、現状の技術では近未来的に、化石燃料と匹敵する生産コストに抑えるまでには至りません。「ボトリオコッカス」は野外でも増えるのですが、増殖が遅いし、福島は寒いので気候が合わないのです。
その条件を考えた結果、福島に住んでいる土着の藻類を使ってそれを増やし、燃料を抽出する事にしました。これは日本で初めてのことで、ニュースなどで話題になりました。
新しい藻類はみつかりましたか?
福島市は、冬の氷点下〜夏の35度まで温暖の差が広い地域です。その気候に順応し、1年中生育できる方法は何かと考えた結果、特定の藻類種を選ばずに、多種多様な土着藻類を対象とする事にしました。
多種ならば、春夏秋冬の四季折々に入れ代わり立ち代わり増え、高い生産性が得られるのではないかと考えたのです。そして、多種の土着藻類を培養し、肥料と二酸化炭素を与えながら、1年を通じてどのくらい増殖するか実験しました。
もう一つの課題は、日照時間の短さをどう克服するかについてです。福島土着の藻類の中には光合成だけでなく、酢酸などの有機物も摂取して増殖する性質を持った種類が必ずいると信じ、肥料に少し酢酸を加えてあげると光が少ない時でも酢酸を摂取して増殖する事で、日照時間の問題もクリアするだろうと考えました。
実際にテストしてみると、我々の期待以上の成果を上げました。最初は、藻類バイオマス生産量(乾燥重量)は年間1ヘクタールで30tくらいと予想していましたが、3倍以上の量になりました。やはり自然の藻類は強かったですね。冬場でさえ、増殖が止まらないですから。
しかし、多量に増殖した藻からどれくらいのオイル取れるのかというと、通常は30%くらいできるところ、福島の土着藻類ではバイオマス量の5%~10%くらいでしかなかった。
では、どうするかと言うと、先程お話した太古の昔に石油ができたような環境を作ってあげたらいいのではないかと考え、土着藻を高温・高圧化にして、10分〜30分反応させたところ、最大で藻類乾燥重量あたり40%を超える原油が得られました。これが水熱液化技術という技術です。
先生の技術が実現すると日本は、世界はどう変わりますか?
日本の温帯域の条件で、藻類から原油燃料生産ができる事を証明しました。もちろん熱帯・亜熱帯域でも間違いなく適用できます。温帯域・亜熱帯・熱帯域は世界の70%程度を占めますので、ほとんどの国でもできるようになる。
つまり、「日本の技術が世界のために発信されていく」という事です。世界中で藻類からエネルギー生産ができるわけです。これは素晴らしい事でしょう。世界の平和のために。単に日本で原油が生産されるだけではなく、世界中のいたるところで原油が生産できる可能性があります。
科学の世界では、30年は遠い未来の話ではありません。将来、日本で現在輸入している原油の10%以上が、国内で生産されるようになる事は、決して夢物語ではないと信じています。