今、あなたの力が必要な理由

vol.17

都会の狭間で行われる干潟生物の観察会~東京湾は貴重生物の宝庫~

風呂田利夫

風呂田利夫さん- Toshio Furota -

海洋生物生態研究家

学歴

  • 1970年3月:東邦大学理学部生物学科卒業
  • 1970年9月-1981年8月:アメリカ合衆国商務省NOAA, Northwest and Alaska Fisheries Center, 訪問研究員
  • 1993年4月-1994年3月:九州大学理学部天草臨海実験所、私学研究福祉会派遣研究生
  • 学位)1995年12月:九州大学理学研究科(理博乙第0619号)

職歴

  • 1970年4月:東邦大学理学部生物学科 助手
  • 1986年3月:東邦大学理学部生物学科 講師
  • 1997年1月:東邦大学理学部生物学科 助教授
  • 2000年4月:東邦大学理学部生物学科 教授
  • 2002年4月:東邦大学理学部東京湾生態系研究センター センター長
  • 2005年4月:東邦大学理学部生命圏環境科学科 教授
  • 2012年3月:東邦大学 定年退職

その他

  • 1948年生まれ
  • 千葉県印旛沼漁業共同組合 組合員、東京湾の環境をよくするために行動する会 会長、行徳生物多様性フィールドミュージアム研究会 会長、東京湾再生官民連携フォーラム 監事、応用生態工学会 理事 編集委員、日本付着生物学会 運営委員、東邦大学 名誉教授、東邦大学理学部東京湾生態系研究センター 訪問教授、理学博士

風呂田先生は何をされていますか?

大学を定年退職後、以前から続けていた水辺の生物調査とイベントを兼ねた活動をさせていただいています。また東京湾の環境再生に関する科学的視点の研究活動や講演や著作物を製作しています。

干潟ではどのようなイベントを開催していますか?

私が開催しているイベントは環境教育と生物の生息環境改善が基本的な活動のテーマです。活動は月2回行われ、1回目は「江戸前干潟研究学校」と言います。東京湾の干潟では真水から海水という環境のため、たくさんの生物が生息しているので、エビや魚などの水中生物に定置網をかけて捕獲し、参加者と一緒に調べます。

私はここを東京湾海岸のフィールドミュージアムにしたいと思っています。そして皆さんと一緒に自然を守れる場所にしたい。そのために必要な基礎的な生物の情報を収集し、それをミュージアムにどう活用していくべきか、ハード面、ソフト面を含め開発と研究をしています。

今月第2回目のイベントは「行徳生物多様性フィールドミュージアム」と言います。この回は干潟に生きる生物の調査です。

今回のイベントの調査仕様は大潮最大満潮線に沿って10m間隔で5カ所の調査地点を決め、それぞれの地点から沖に向かって5mごとに4つの調査測点を定めました。一つの測点で25cm四方の干潟泥を、スコップで15cmの深さまで掘り、採取した泥を2mmのふるいで洗い採集しました。これで、どのような生物が陸から水辺までに分布しているか調べる事が出来ます。

いつからスタートしましたか?

このようなタイトルで始めたのが3年前です。ただ、似たような活動は40年前からしてきました。

この場所ができたのは1970年代です。当時は何もありませんでした。例えば、陸地は埋め立てたままの砂漠状態。水辺はただ海水がたまっているだけ。

それを真水と海水が連続的に流れるように環境の改造工事をした事により、今のように多種多様の生き物が生まれてくる場所になったんです。

1970年代に何もなかった場所が多種多様の干潟に変ったのですか?

水門で東京湾と結び付いているので潮の出入りはあります。ただそれは、市川航路など人工的なところを通しており、海までは5キロくらい離れています。

それでも多種多様の生き物が帰ってくるのは、基本的にこの場所は、東京湾本来の構造が再現されたからだと思っています。泥が溜まり、干潟があって、ヨシが生え、真水も流れてくる。東京湾に住処を求める生物が、東京湾本来の地形があれば数が増えてくる事を、これで証明出来た訳です。

皆さんがよく勘違いされているのは、お台場のような砂場の浜のイメージ。あれは東京湾本来の海岸構造ではなく、本来はここのように、泥がたまってヨシが生え、泥とヨシ群落の大湿地帯なんです。

その状況をコンパクトにしたのが「保護区の中」にある訳です。この場所は狭い場所ですが、本来の生息地があれば生物は戻ってくるのです。

場所はどちらですか?

千葉県の市川市、千葉県指定の「行徳鳥獣保護区」にある海水域の一部として小さい干潟があります。我々はここを「鈴が浦干潟」と呼んでいます。

私はここを委託管理している「行徳野鳥観察舍友の会」の活動支援を行っている関係もあり、ここを研究場として使わせて頂いています。その活動を多くの市民と楽しみながら進めたくて、行徳野鳥観察舎のスタッフと共催をしています。

今後の予定は9月17日(日)に江戸前干潟研究学校、9月24日(日)のフィールドミュージアムは保護区に生息するトンボの観察会です。時期的に赤トンボ類が中心となるでしょう。採集した種類の解説とトンボ、一般についてのお話を講師の方にしていただく予定です。私もコーディネータとして参加しています。詳しくはHPをご覧ください。

※千葉県行徳鳥獣保護区
海を埋め立てて造成した人工の自然保護区として1975年にできました。東京湾岸の「埋め立て地」は海を囲ってその中にポンプで吸い上げた海底の土砂を投入し、砂や泥を沈殿させて造ります。そのとき、沈殿しにくい細かい粘土粒子を含んだ海水の一部は保護区に投入されました。そのため、「保護区」は全体的にかなり泥っぽい環境となっています。この保護区は東京湾と水路で繋がっているため潮の干満があります。保護区には積極的に意図してできた環境ではないのですが、国内でも少なくなった泥干潟ができました。干潟面積は1haほどとわずかですが、トビハゼやヤマトオサガニなどの多数の生物が生息しています。

どのような生物がいるのでしょうか?

今日のイベントで多かったのが、オキシジミガイと言う二枚貝ですね。それからミズヒキゴカイです。マガキはたくさん自生しています。アナジャコもいます。巣穴から推定すると1平米に100匹くらいいるかもしれません。

それに、干潟性のものと陸生のものを含めカニだけで17種類以上生息が確認されています。東京湾の干潟でカニの種類が一番多いところです。

干潟が縮小しています。やはり干潟の生き物は絶滅の危機なんでしょうか?

17種類のカニの内、半分は絶滅が危惧される種としてレッドデータブックに入っています。理由は単純です。棲む所がないから減少しているのです。現在は大規模な海岸開発はありませんが、今まで破壊した生物環境はそのままという事ですよね。

例えば干潟面積で言えば、もう90%以上減ってしまいました。残された10%の生物も辛うじて生き残っているだけで、時間と共に減少傾向にあります。これはもう避けられない現実です。

例えば、この海岸で生まれた貝やカニの子供はプランクトン幼生として東京湾に行きます。赤ちゃんはプランクトンなので、東京湾で1ヶ月くらい浮遊して自分の住処を求めて干潟や河口に向かうのですが、向かった先々で生育できる干潟や湿地環境の整った場所が見つかるかどうか。これが大きな問題です。

昔は海に出ても回りが干潟だらけだったので、よい住処を見つけられましたが、今の生き物はそれができません。だから大半のプランクトンは、次の住処を見つけられず死んでしまっているのではないでしょうか。

それを止める事は出来るのですか?

それは生活場所の復元をして住処を増やすしかないです。しかし残念ながら今現在、住処を増やす動きはありません。生物の劣化は水質の問題だと思われているためです。東京湾の水質が良くなれば生き物が戻ってくると思っています。

しかし、生き物は水質よりも、生活出来る場所そのものを探しているんです。昔に比べて東京湾の有機物だとかリン、窒素などの富栄養化物質は減少傾向にはありますが、生物は今でも減少し続けています。

水質はよくなっていますが、生物も減っています。それは住処がない事が大きな要因です。

人工的環境でも辛うじていきている生物もいますか?

人工的な場所でも、この保護区に、江戸前海岸としての自然的要素があった所に辿り着いた生物は辛うじて生き残ったでしょう。だから、人工的でも自然に類似した生活できる場所を残してあげること。ハッキリ言えば、泥がたまって、草がはえて真水が流れてこんでくる環境の再生が必要ですね。

日本の干潟の大きな問題点とは?

開発行為により生活空間をなくしているから、親になって繁殖が出来る場がほとんど無い訳です。さらに、生まれた子供が同じ場所に戻れる確立がどんどん下がってますからね。

ただ、幸いな事に東京湾の生き物は、東京湾中でネットワークを張っていますから、東京湾に出た赤ちゃんはどこにでも行けます。

例えば神奈川で生まれた生物が東京に流れてくるし、千葉や東京の生物が神奈川に行くこともある。極端な事を言えば、東京湾を出て、違う海岸に行くことだってあります。

幼生プランクトンの広がりを通して日本中の干潟が結びついているし、東京湾内の干潟の生物同士は密接に繋がっています。だから我々は、全体的な視野の中でそれぞれの生き物が干潟を利用しあっていることも考えていかなければなりません。

それから、一番の決め手は「干潟の数」と「面積」と「距離」です。例えば、相模湾にもかつては干潟の生き物がいたんです。相模川や花水川の河口に干潟があったのですが、すべて護岸工事や砂嘴の消失でなくなってしまいました。

川があれば河口には小さくても必ず干潟がありましたが、現在は相模湾からは干潟が少なくなって、干潟で生きてきた生物の多くがほとんどいないんじゃないかと思います。

では相模湾で生まれた赤ちゃんはラッキーでしか生き残れない?

干潟がないから子供は生まれていないかと思いますが、東京湾から相模湾に辿り着いた赤ちゃんはきっと、住処を見つける事ができなくて駄目になっているでしょうね。今では三浦半島の一部を除いて相模湾では砂浜が岩礁ばかりですからね。

相模湾には干潟がないんですね。

江奈湾とか小網代湾(ここは相模湾)など小さいのは少しあります。しかし、この干潟での種の多様性は減っていると思います。

それは干潟がピンポントしかないから。他所から来ない、ここからは外に出てしまう。時間が経てばどんどん劣化しますから。

東京にはどれくらいの干潟が残っているのでしょうか?

東京湾全体で十分の一に減ってしまいました。例えばここは行徳ですが、この近くにあるのが三番瀬と江戸川放水路です。

これは同じ水系ですね。隣に行ったら葛西にあり、それを越えたら多摩川の河口くらいしかないでしょう。多摩川の河口を越えたら野島、江奈湾、と数えるほどしかありません。

先生はこの活動を通して何を伝えようとしていますか?

私も環境教育を念頭に置いて色々な方と話をしたり、自分でプログラムを開発してきました。実行しながら至った結論は単純です。

たいしたことはしないでいいです。子供たちを干潟で遊ばしておけばいいんです。生き物を探して触れて、じゃれることが一番大切です。子供の時に生き物と遊べる場として、干潟を使えればいいんじゃないかなと思っています。

基本的には子供達はワイワイ騒いでいただければ一番いいです。何を覚えて欲しいだとか、将来に活かして欲しいなど求めていません。大人の価値観の押しつけは子供には意味がありません。環境教育とか大袈裟なことを思わないで、生き物と触れ合う環境と機会だけを用意してあげようと思っています。

むしろ教育しなくてならないのは大人の方です。大人達には科学的議論をしています。

私が関わっている東京湾再生官民連携フォーラムでの学術的議論ではデータを使って、どの場所でどうすれば生物が蘇る可能性があるのか、江戸前の個々の生物が生きて行くために何が一番欠けているのか。

例えばアサリだとすると干潟同士のネットワークが欠けていて非常に不安定な状況になっているだとか、東京湾の海では貧酸素水塊ができるので酸欠で死んでいないかを考え、それぞれの生物について、実際に子供がなぜ生き残れないのか、研究しながら、どうすれば改善するのかを考えています。

外来種の問題はどう考えていますか?

東京湾は今でも外来種だらけですが、基本的には東京湾の環境が変ってしまったからだと思っています。在来種は元々、東京湾の安定した自然の環境の中で生きていた生物なので、埋立による護岸化や酸素欠乏などの、最近の急激な環境の変化にうまく対応できていない状況です。

ところが、外来種は環境の変化の影響をあまり受けないため、人によって運ばれてきてそのまま居着いてしまった訳です。

だから外来種を駆除するのではなく、在来種が安定して生活できる環境を造ってあげればいいだけなんです。外来種がどうのこうのではなく、在来種が減っていることを問題視したいです。

例えば、干潟に港を造ればコンクリート護岸なので、干潟が生活圏のアサリが棲める訳がない。では、護岸では何が住んでいるかというと、ムラサキイガイやアメリカフジツボなどの、岩に付着する外来種が住んでいます。

では東京湾の生物資源の再生のためには何が必要ですか?

自然の形状に戻すと言う事です。自然の機能を持ったものを回復させる事。これに尽きる訳です。それをやるには行政的、市民的、科学的にも大変です。とは言ってもやっていくしかないんです。

国レベルで動いているんですか?

東京湾再生会議(東京湾再生推進会議という内閣府が母体の団体)と連携していますので、東京は動いています。できることからやっていくのがポリシーで、例えば国が生産資源の何かを回復させたいというプロジェクトが立ち上がりそうなら、それを後押しするための事前の情報収集しておく等をします。

しかし結局、環境再生は国が動かない事には何もできません。民間では予算も場所もない。一番大変なのは、行政間では権限と情報が錯綜していますから、それを民間ではとても整理できません。国の音頭取りが必要です。

そこを誘導する活動を私たちがやっていかなければなりません。

行徳野鳥観察舎前で集合。参加費は50円

普段入ることができない保護区での活動は魅力的

目の前に広がるウラギク湿地

子供の採取をチェックする風呂田先生

干潟にはたくさんのカニの姿

陸上の川にも貴重なカニが数多く生息している

都会の干潟にたくさんの生物が日向ぼっこ

水辺にはゴミがたくさん。しかしゴミに住み着いている生物もいるので、 撤去には細心の注意が必要

泥を採取するために紐で区画を決める

干潟の脇は茂みが覆う

水で洗った状態

採取した泥

25センチ4方の範囲を15センチ掘って泥を採取

泥を水で漉す

約1時間半の採取を終えて、選別の場所へ

採取したものをトレイに移す

ピンセットで丁寧に生き物を探す。重要な手順

ホソウミニナ

20世紀初頭に全滅してしまった灰貝。
貝殻だけは時々見つかる

木陰で生き物を探す作業。一番の醍醐味

コメツキガニ

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

東京湾で遊んでください。釣りでもいいし、潮干狩りでもいいし、食べてもいいし、東京湾の江戸前として歴史もあります。東京湾のものにこだわって欲しいという事と、子供達が海で生物と遊べる場所を求めてもらえば、子供達にとっても東京湾で遊んだ体験は心に残るので、思い出が将来に繋がればと思います。

私自身も小学校の時に稲毛や幕張で潮干狩りしていました。それが大きな原点にもなっています。

風呂田先生の想い

東京に東京湾の研究所を造ってほしいです。沿岸人口3000万人を越える大都市圏にある海として、経済的にも東京湾岸で日本の総生産を押し上げていると思うんです。だけど、東京湾を研究する公的機関がひとつもないんです。例えば東京湾の生き物を研究している人はどこにいて、東京湾の環境の現状についてどこに聞きけばいいのか?

答えは「ない」です。これは世界的にみたら先進国の都会海洋環境としては異常な状況です。まずは研究所のひとつくらいは造るべきと思っています。

ソトオリガイ。この付近では見ることができない巨大な個体

全員の採取結果を黒板に書き出し、状況を説明

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com