今、あなたの力が必要な理由

vol.18

国産材のおもちゃが日本を救う~木育で日本を「循環型社会」へ~

多田千尋

多田千尋さん- Chihiro Tada -

東京おもちゃ美術館 館長・認定NPO法人 芸術と遊び創造協会 理事長

明治大学法学部卒。現在は、芸術教育研究所所長、東京おもちゃ美術館館長。非常勤講師として、早稲田大学では「福祉文化論」、お茶の水女子大学では「コミュニティ保育資源の活用」を担当。

2010年より林野庁の補助事業を受託し、木育の普及啓蒙を進め、全国100ヶ所に子育てサロン「赤ちゃん木育ひろば」を開設。「木育」を全国的な国民運動に押し上げ、全国30以上の市町村、約20の企業・団体のウッドスタート宣言を進める。2014年より「木育サミット」を開催し、全国の注目を集める。

近年は東京都との共催で、「森の恵みの保育環境セミナー」を開催し、幼稚園・保育園に対し、ウッドスタート宣言を呼びかける。さらに「保育ナチュラリスト養成講座」「木育インストラクター養成講座」なども通して、幼児教育、保育の現場において乳幼児の木育を提唱する。

  • ・東京おもちゃ美術館の木を大切にする試みが評価され、林野庁長官から感謝状。
  • ・近年のウッドスタート宣言のシステムの構築が評価され第1回ウッドデザイン賞の林野庁長官賞。
  • ・年間10万人の入館者を集める経営手法が評価され、経済専門誌からは日本の社会起業家30人の1人に選出。
  • ・その他、2014年度「ファンドレイジング大賞」「クラウドファンディング大賞」をそれぞれ受賞。

著書は、『赤ちゃんからはじめる木のある暮らし』(幻冬舎)、『はじめての木育』『木育おもちゃで安心子育て』、『遊びが育てる世代間交流』(黎明書房)など多数。

毎年恒例の「東京おもちゃまつり」には、全国各地から、国産材を活用したおもちゃが集まる。
【日程】2017年10月14日(土)〜15日(日)
【イベント内容】http://blog.blueshipjapan.com/omochamatsuri2017/

東京おもちゃ美術館をオープンさせた経緯を教えてください

おもちゃ美術館は1984年、東京都中野区で開館しました。私の父は美術教育の専門家で、全国の小学校の図工の先生を指導、育成していましたが、「人が初めて出会う芸術は、おもちゃではないか」とも考え、主宰していた民間団体「芸術教育研究所」の付属施設として「おもちゃ美術館」を始めたんです。15年間続けていたのですが、父は志半ばで亡くなり、その後、私が引き継いでいます。

2006年に、新宿区四谷地域の住人の方々が私の元を尋ねてきました。「地元の小学校が廃校になり、利活用して何か手を打たないと壊されてしまう可能性がある。おもちゃ美術館を移転して、校舎を守ってくれないか」と相談でした。最初はあまりにも突然で驚いたのですが、まずは、四谷第四小学校の校舎を見にいきました。戦前に建てられた歴史ある建造物で、とても風格を感じました。私の決断で、四谷に移転することでこの校舎を守れるなら、やらなければならないという気持ちにもなったんです。実は私のふるさとは新宿で、大正時代から先祖が住んでいたので、新宿には思い入れがあった訳です(笑)。

ただ、ここでおもちゃ美術館を経営的にも成功させるためには、教室をひとつ、ふたつ、使った程度では全然だめだろうなと思ったんです。しかも新宿区とは賃貸契約もあります。やるなら10を超える延べ1000㎡の教室を使うくらい大々的にやらないと、お客様は集まらないだろうと思い、どうしたらいいかとしばらく苦悩していました。

そこでひらめいたのが、新宿に一番ないものを取り入れて魅力を高めること。

つまり、自然や森林を感じられるような美術館にするということです。それで徹底的に日本の「木」を使い、木の香りにあふれたおもちゃ美術館を作ろうと思いました。そうすれば若い親御さんが子どもを連れて来る気を起こすのではないかと思ったんです。

内装に用いる木は、北海道から九州まで、全国から徹底的に集めました。そして、床も遊具も木という美術館が完成したのです。2008年のことでした。

そうしたら、思っていた以上に高い支持を受け、初年度から8万人の方に来場していだきました。現在は開館して9年を迎えていますが、昨年度の来場者数は15万人を超えました。木の香りや温もりに飢えている方はこんなにも多かったのかと感じました。

東京おもちゃ美術館では「木育」を推進されていますが、そのきっかけは?

ある時期から、おもちゃ美術館に背広を着た方々が大勢訪れるようになりました。名刺交換してみると「林野庁」の方々だったんです。都会の真ん中で国産の木材を有効活用している。しかも、若い親御さん達が子どもを連れて大勢遊びに来ている。これは国産材のアピールのチャンスだと思ったそうです。

彼らから、「『木育』という国の事業があるのですが、立候補してみませんか」と言われました。そこで企画を立てて申請したら、受諾をする事になったのです。それが、木育推進のきっかけです。

そもそも、「木育」とは?

「木」の力を子どもの育みや、成人の方の癒し、高齢者の心のリフレッシュなどに活かす。赤ちゃんからお年寄りまでの生活を、木の恵みで豊かにしていく。木の魅力を広め、木が好きな人を増やす。そのような取り組みのことです。

ただ、「木育」は説明しないとよくわからないですよね。「きいく」と読み間違えたり、木を育てる事だと思っている方もいて、このままでは広く伝わっていく伝播力がないのではないかと思ったんです。もっと子育て中の若い親御さん達にも直観的に響くような言葉に作り変えた方がいいんじゃないかと思い、「ウッドスタート」という言葉を考えました。

「ウッドスタート」は、私たちが提唱する「木育」の行動プランのことです。木育を受諾したのは2010年度から、「ウッドスタート」を唱えはじめたのは2012年からです。

「ウッドスタート宣言」をする自治体や企業が増えつつあるそうですが、具体的にはどのようなことですか?

まず、自治体に「ウッドスタート宣言」を呼び掛けた理由をお話しします。

それは仲間を増やそうと思ったからです。私たちがいくら奮闘しても、木育は簡単には広まらないと思いました。そこで、全国の首長さんたちに理解してもらい、自治体として木育を推進してもらえば、一気に面として広がっていくのではないかと考えました。それで色々な首長さんに話に行きました。

日本国内で1700くらいの市町村がありますが、森林が豊かなところが多く、しかもその森林に大きな問題を抱えているところが多いです。だから、少しずつ共鳴していただいて、話が進んでいきました。

ウッドスタート宣言をした自治体は、具体的には何をするのでしょうか?

木育推進のためのメニューがいくつかあるのですが、必ずやらなければならない事は、誕生祝い品の事業です。その自治体で生まれた赤ちゃんには、その地域の木材で、地元の職人さんが作った木のおもちゃを誕生祝いとしてプレゼントするのです。

例えば新宿区なら年間約3千人の赤ちゃんが産まれます。3千人の子供達に木のおもちゃをプレゼントするとなると、一大産業になりますよね。

ただし、新宿区は木もないし職人もいないので、おもちゃは作れません。そこで、姉妹都市である長野県の伊那市に作ってもらっています。そうした地域を除き、基本は地産地消の木の誕生祝い品づくりに取り組んでいます。

現在は、30以上の市町村と、1県がウッドスタート宣言をしてくださっています。

さらに、企業や幼稚園、保育園にも声をかけています。企業では無印良品が最初に宣言をしていただき、現在約20の企業や団体、12の幼稚園・保育園が宣言をしています。目標は市町村、企業、園で各100団体です。

たった数年で大きな広がりがありましたね

そうですね。広まりやすかったのは、東京おもちゃ美術館という、いわばショールームがあったからだと思います。国の事業「木育」とはどのようなものか、木のおもちゃや空間に対して、若い世代の反応はどうなのかなど、全国各地から続々と視察がありました。東京おもちゃ美術館の様子を目の当たりにして、ウッドスタートを決断した首長さんも少なくありません。

また、各自治体の首長の方々や、全国で木育に取り組んでいる方が一堂に会する「木育サミット」という催しを毎年開催しています。

そこでは各自治体の木育の取り組みが発表されます。「学校の机や椅子を地元の木で、地元の職人が作りました」などの発表があると、他の自治体の方も刺激されます。そうやって各自治体が刺激し合って活性化すればよいと考えています。

苦労や大変な事は?

先ほど、新宿区で生まれる赤ちゃんは約3千人と言いましたが、実は子供がたくさん生まれている自治体は、ウッドスタート宣言に至らないことが多いですね。なぜなら、必須事業である「地産地消の誕生日祝い品」は予算を作らなくてはならないんですが、今はどこの市町村も財政が切迫しているので、なかなか新しい事に踏み切れません。

反対に、子供の数が数十人程度の自治体は、どんどんウッドスタート宣言しています。木育が、地域を活性化するきっかけになればと考えてくださるようです。

ウッドスタートの一番の目的はなんでしょうか?

森林を活性化させ、日本の山を守る事です。山を守らないと海も駄目になってしまいます。

でも、今の日本の山は、深刻な「少子高齢化」になっているんです。若い木がなく、樹齢50・60歳の木ばっかりですよ。なぜなら、植樹しないからです。木を使わないから切らない、切らないから新しく植えないのです。

人間の社会の方だと、65歳以上のお年寄りが市町村の50%以上越えてしまったら「限界集落」と言うんです。日本の山では、すでに65歳以上の木が50%をはるかに越えています。いわば「超限界集落」ですね。

一番切り時の木は、樹齢30・40歳なんです。それ以上の樹齢の木は、普通は材として使われません。いま新しく木を植えていないとすると、30年後の林業はどうなってしまうのか。それが一番の深刻な状況だと考えています。

それは間伐の問題も絡んでいる?

植えたら切る、切ったら植えると言う循環が必要です。日本の山の半分は人工林です。人工林という事は畑と言う事。畑というのは必ず収穫しないといけない。山の木々は野菜と違い、収穫しなくても腐らないので、人々はほったらかしにしてしまう訳ですよね。

国からも間伐に対する補助金が多少出ていますが、焼け石に水くらいの間伐しか行われていません。林業大国を目指して、もっと大掛かりに、リズムよく、持続可能性を保ちながら切っていく必要があります。

林業のマーケットはすでに崩れてしまい、半径10km以内の木を切るよりも、8000kmくらい離れた外国の木を買った方が安くなってしまうことも多々あります。

素人的に考えると、タンカーで何ヶ月もかけて海を渡ってくるより国内の木を使う方が、コストが安い気がします

海外は広い丘陵地から伐採しています。日本は険しい山から木を切って里に卸さなければならないため、大変なコストがかかるんです。それよりも、海外の広大な平地からザクザク木を切ってトラックに積んで、10kmも離れていない港のタンカーに積んで日本に持ってくる方が安いんです。

日本のハウスメーカーが木の家を建てようとして、大量に発注しても、日本の林業の業者さんは注文に応えられないです。だから外材の木材に頼る構図が始まって、もう30〜40年たっています。

そんな事もあって超高齢化の山になってしまった訳ですが、林野庁も現在の状況はとっくに気がついていた。そこで「木材利用課」という新しい部署を作ったんです。これは里の方に目を向け、木のマーケットを作るという部署です。里の方から川上に向かって発信をする。木のニーズがなければ、川上である山の方だって、切りたくても切れません。

ウットスタート宣言は「ニーズ」も作ると言う事ですね?

はい。この世に生を受けた赤ちゃんが初めて手に触れるおもちゃを、日本産の木のおもちゃにする。パパもママも一緒に遊ぶうちに、親も木のファンになっていきます。そうなると6年後には国産材の学習机を買うかもしれない。さらに6年たち、「マンションが手狭になったから家を建てようか」となったとき、木が好きな人が建てる家と、まったく興味のない人間が建てる家は、どう違うでしょうか。

そう考えると、1個の誕生祝い品が12年後にビックマーケットになるのではないかと捉えて進めています。

ウッドスタートが始まって5年ほどですが、どのような手ごたえを感じますか?

東京オリンピックでお披露目される国立競技場には多くの国産材が使用されますし、最近では内装に木を使うところがどんどん増えてきているように思います。木に対する着目度が高くなってきているという事でしょう。

ウッドスタート宣言をした企業でも、「木育広場」を作るなど、木を用いる取り組みが広がっています。たとえば無印良品は、全国65店舗に木育広場を作り、お子さん連れのお客様でにぎわっています。アウディーも70店舗くらい木育広場を作ってくれています。滋賀県内のdocomoショップや大型ショッピングセンターのららぽーとでも、木育スペースが誕生しました。

また、読売新聞本社の3階にできた保育園や、三菱地所が手がけた新宿のタワーマンション内の子育て広場も、木質化されています。

さきほど、市町村は「面」と言いましたが、企業は行政区分を越えて飛び地的に展開をしていくため、波及効果が大きいです。だから市町村だけでなく、企業のウッドスタート宣言もとても大切だと考えています。

木のおもちゃで、日本の森を守るという取り組みをされていることがよくわかりました

誕生祝い品おもちゃの制作は、全国100人くらいのおもちゃ作家達と連携しています。

木のおもちゃ作家を支える応援プロジェクトも作って、できる限りの事をやっていこうと思っています。年に1回、東京おもちゃ美術館で「木のおもちゃ20作家展」という展覧会を行い、多くの人に木のおもちゃや、それぞれの作家の魅力を紹介しています。

また、ミュージアムショップでは日本の木に特化した品揃えになっています。展示、企画展でも応援し、売る事でも応援する。将来、国産の木のおもちゃのマーケットができ、作家や職人に安定的な発注ができることを目指しています。

これからのテーマは?

日本の大企業は、森をたくさん持っているところが多いですが、その多くが十分に活用されていません。植樹、育樹は行っていますが、木を活用する「活樹」があまりにも弱いです。そこで企業と協力して、企業林の活用に取り組んでいきたいです。

皆さんの森を、おもちゃや遊具、子育て支援環境の製作に活かしてみませんか?という提案も考えています。

木育を広めるためにも、おもちゃ美術館の役割はますます重要になりますね

東京おもちゃ美術館では、毎年10月に「東京おもちゃまつり」というイベントを開催しています。小学校の校舎もグラウンドも、普段開放していないところも全部使った、おもちゃと遊びの大イベントです。体育館は、「森の恵みの子ども博」というゾーンになります。ウッドスタート宣言をした自治体や企業が全国から集まり、それぞれの地域材を活かしたブースを出展します。木のおもちゃや雑貨の販売のほか、木工体験のワークショップもあるんです。訪れた多くの方が木のぬくもりに触れ、木のファンになってくれています。

今年で9回目になりますが、その楽しさが年々広まり、毎年8千人以上の方々に来場していただいています。

東京おもちゃ美術館は、1984年東京都中野区で誕生した

開館当時から行われていた手作りおもちゃ教室

2008年4月、新宿区四谷に移転した東京おもちゃ美術館

国産材を豊富に使った展示室「おもちゃのもり」

「木の砂場」に入って遊ぶ子どもたち

床にも遊具にもスギを使用した「赤ちゃん木育ひろば」

都心の廃校が、木の香りに満ちた美術館に生まれ変わった

新宿区の誕生祝い品のひとつ、「モグラと野菜畑」

新宿区の誕生祝い品のひとつ、「積み木とラトルセット」

山口県長門市のウッドスタート宣言調印式

滋賀県内のdocomoショップに作られた木育ひろば

Audiみなとみらいの木育ひろば

2017年2月、江東区で開催された「第4回木育サミット」

「木育サミット」では、
木育に関わる多彩な分野のスピーカーが登壇

東京おもちゃ美術館で開催される木のおもちゃ20作家展

木のおもちゃの魅力を広め、作家の応援にも取り組んでいる

「東京おもちゃまつり」には、
ウッドスタート自治体・企業のブースも並ぶ

全国から、各地の国産材を用いたおもちゃや雑貨が揃う

ウッドスタートの取り組みを紹介する自治体ブースも

木製品の販売だけでなく、
プレイスペースや木工ワークショップも

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

私たちの最終目標は、日本の山を守り、山を活用し、循環型社会にして行く事なんですが、最初にそこを掲げてしまうと、あまりにも壮大な目標になってしまいます。

そこで、今私が考えているのは、日本を「木のおもちゃ大国」にしたいということです。日本は世界第2位の森林大国です。また世界屈指の匠の技を持っている国でもある訳ですから、「木のおもちゃ大国」になりえる要素は十分に備えています。

しかし、現実には、日本の木のおもちゃの受給率は3%を切っています。大手玩具店に行って、メイド・イン・ジャパンのおもちゃを探してみても、なかなか見つからないでしょう。私はその低い受給率を、せめて30%以上にしたいのです。

そこから森林が活性化され、日本の山が元気になる。循環型の社会が実現できる。そうした道筋をつくれればいいですね。

館長の想いをお聞かせください

日本には、知恵を絞れば活かせるものがいくらでもあります。その最たるものが「木」なのかもしれません。せっかく宝物を持っているのに、残念ながらこれまでは使おうとしてきませんでした。他にも太陽光、地熱、波、風力といった自然エネルギーにも可能性を感じます。

今、私たちが取り組んでいることは、ちっぽけなおもちゃのことかもしれませんが、おもちゃによって、現在の社会に風穴があけられるかもしれない。「一点突破が、全面突破」そんな思いで活動を続けていきたいです。

美術館やイベントの運営には、
多くのボランティアの力が欠かせない

おもちゃへの取り組みを、循環型社会の実現へつなげていく

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com