江ノ島・フィッシャーマンズ・プロジェクト(EFP)とは何でしょうか?
まだ私が江ノ島片瀬漁業協同組合の組合長ではなかった頃、でいとう丸と言う遊漁船(釣り船)を営んでいました。江ノ島では釣り人口の減少が問題視され、ハードルが高いと言われている船釣りのイメージを払拭するため、お子様や初心者に親しみやすい船宿を目指し『初心者のための船釣り教室』を始めました。
2013年8月に水産庁の『水産多面的機能発揮対策』事業の活用を認められたのを機に、名称を『江ノ島・フィッシャーマンズ・プロジェクト』と改め、船釣りだけでなく、『藻場保全活動』『海藻シンポジュウム(旧わかめの養殖体験)』『クリーンフェスティバル』とライブ型食育活動を基本理念に、活動を広げていき、そのすべてのことを称して『EFP』と掲げています。2017年までの、EFPの活動への延べ参加者数は6800人を超えました。
名前の由来は?
5年くらい前に釣り教室を始めた時期に、子供たちを呼んでビーチクリーンを行いたかったのですが、団体名がないと参加者を募りにくいと思って名前をつけました。
『水産多面的機能発揮対策』とはなんでしょうか?
『国民の生命・財産の保全』『地球環境保全』に取り組む全国の漁業者や市民グループ(活動組織)を、国や地方公共団体が支援する水産庁の施策です。その中の項目で『魚食文化の継承』『漁村文化の継承』教育に関することが記載されています。EFPもこの活動に賛同し、2013年からこの事業の活用を水産庁から認められ、活動を始めました。
2013年から3年間の期間で採択を受けたのですが、1年目にして水産庁が事業見直しのため、有識者を集めレビューを行いました。そのレビューで、一部有識者から「『船釣り教室』はレジャーでは?」という指摘を受けました。釣りは確かにレジャーの側面も持ち合わせていますが、一本釣りで漁業を営んでいる漁業者は多数います。漁業・漁法の伝承といった事業項目に則しているはずなのに、レジャーという一言で片付けられたことは本当に残念でした。有識者というからには、色々な視点から判断してくれると思ったんですけどね。
結果、『釣り教室』は事業対象から外されてしまいました。水産庁の交付事業ではあまりないことらしいのですが...残り2年何をするか考えました。
漁業者は海から恩恵を受けている反面、自分たちの網や釣り道具などの漁具が環境を汚していることも事実です。それならば、「自分たちが恩恵を受けている場所の保全をしよう」と、『藻場保全』・『海底清掃』の2項目で残り2年の活動をすることにしました。
『海底清掃』とはどのようなことでしょうか?
2014年『水産多面的機能発揮対策』事業の項目変更により、『海底清掃』をスタートしました。この『海底清掃』で三陸の復興をするために、ボランティアダイバーをしてきたスキルの高い人たちと知り合い、彼らにノウハウを教えていただいて海底のゴミを引き上げました。併せて、海底の状況や磯焼け、藻場の状況を確認しています。また、昔の江ノ島界隈に生息していた藻類のことを高齢の漁師さんに確認すると、昔あった藻場は磯焼け等で少なくなってきたことがわかりました。
藻場は小魚の育つ場所、サザエ、アワビの餌になります。だから、藻類がなければ魚や貝類が育たない。自分たちは海からの恩恵を受けています。しかし、海の林が無くなると、対象になる漁獲物も無くなってしまう。自分たちで採り続けて環境をそのままにしていれば、いずれは先細りになってしまう。だから、藻場を利用している私たちが、無くなってしまった箇所に再生をする藻場の保全をスタートしました。
どのくらいの頻度で海底清掃をしていますか?
不定期ですがシーズンごとに分けて清掃しています。似たような場所にゴミは溜まります。潮の流れや、入江になっているところは掃除しても、また溜まっているのが現状です。
雨が降った後は、葦などの植物、自転車、ゴルフボール、金属、プラスチックゴミ、恥ずかしい話ですが漁師の使った網などもあります。釣りをして、根掛かりで切れてしまった仕掛けは、そのまま海底ゴミとなってしまいます。港や海岸に打ち上げられる場合もありますが、海底に残る物がほとんどです。自分たちで作ってしまった海底ゴミの回収や、それ以外のゴミを回収することにより、海藻の復活を促したいと思います。きれいな海には、藻場が広がり、その藻場には魚が集まる。この仕組みをより一層広める活動をしたいと思います。
海の環境は目で見て変わってきていますか?
海の底は見えないので見た目ではわかりません。しかし、採れる魚の時期や漁獲も年々変わってきています。私が若い頃に釣っていた魚で見かけなくなった種類もあります。磯焼けが原因と言われている部分もありますが、真偽のほどは私にはわかりません。しかし、昨今取り上げられている温暖化の影響なのか、大型のキハダマグロが相模湾に回遊してきて、夏のシーズンは華やいでいます。ここ20年を振り返っても、そこまで大きな個体はいなかったと思っています。
ワカメの養殖もしているとお聞きしました
養殖場所は江ノ島裏の沖合です。そこに養殖用棚を設置しています。12月に種をロープに植え付け、育ったワカメを2月に刈り取るイベントも開催しています。
江ノ島で養殖されていることを世間では知られていますか?
あまり知られていません。組合自体は藤沢市の農業水産課と連携して、ワカメの養殖体験を10年くらい前から行っていました。藤沢市民を対象に、種付けと刈り取りをしていたのですが、『刈り取り詰め放題!』というスーパーの特売のような印象を受けたので、藻場の重要性やワカメについての知識を聞いてもらう座学の時間を設けたり、自分の船でクルージングをして養殖棚見学を行ったり、色々な工夫をしました。
2017年に私が組合長になったのをきっかけに、市の委託事業と自分の事業を一緒にして、『海藻シンポジュウム』という形でスタートしています。12月の種付け編で種苗をロープに巻きつけておくと次第に大きく成長するので、2月の刈り取り編で、「実際に自分たちが種付けをしたワカメがこんなに大きくなっているんだよ」と刈り取ってもらいます。塩で揉むと小さくなるとか、お湯に通すと色が変わるなど、知識も交えての勉強は好評です。
江ノ島の養殖ワカメはどのくらい収穫されますか?
私だけが養殖をしているわけではありませんが、トータルで30tを超えていると思います。繁殖の時期には、専業漁師もワカメの養殖はしています。縦のロープが60m、幅120mの範囲で種のついたイカダを並べています。今年は特に豊漁でした。シラス業者さんも1月から3月まで禁漁なので、その間ワカメを収穫していますよ。
EFPのホームページにはメニューがたくさんありますよね?
全てに力を入れています(笑)。その中でも、特に『釣り教室』と『海藻シンポジュウム』は重要なイベントだと思っています。
『海藻シンポジュウム』は種付けと刈り取りとの2回です。『釣り教室』は4月から11月までと期間は長いですが、スタッフはボランティアなので、多くて月に3回が限度です。1回20人、ペアで参加すると10組を午前、午後に分けて開催します。普段の遊漁船の釣りだと千葉県の洲崎沖近くの漁場まで行くこともありますが、初心者を対象にした『釣り教室』は、安全な江ノ島周辺で行います。
江ノ島には藻場があるのでしょうか? それはどのような藻場でしょうか?
江ノ島沖にあります。やや深い深度にあるので、目では見えません。ワカメは3.5mくらい。カジメ、アラメの類は7〜10mの海底に林のように生えています。小魚の隠れ家になりますし、水中の二酸化酸素を酸素に変えるブルーカーボンの効果もあるので、「減少すると温暖化が進んでしまう」ということも子供たちに教えています。
江ノ島の藻場には何が生えていますか?
カジメ、アラメ、ワカメ、ひじき、ホンダワラなどがあります。沖では見えないので馴染みがありませんが、船で釣りをすると引っかかるのでわかります。今は特にサザエ、アワビの餌になる「カジメ」を増やそうと思っています。
水産庁から派遣されてきた講師の方から教えていただいた、カジメの遊走子を石に付着させて海底に設置する方法を、我々は「カジメ石」と呼んでいます。その石をダイバーさんに、同じポイントに並べて置いてもらっています。カジメ石かどうかを判別するため、石にはペンキを塗っています。
それをモニタリングしながら成長を見守っています。前々回は幼体が出たのを確認できましたが、台風で海底に置いた石が転がったのか、その後のモニタリングではカジメは育っていませんでした。前回の活動では設置の方法を変え、幼体が育っているのを確認しています。
北村さんたちが手を入れないと全滅してしまいますか?
実際に海底清掃でモニタリングをすると、前年にはあったカジメが今年は無くなっていることがあります。ここ数年そのような事例が多いです。近隣の組合の小坪、鎌倉漁協でも「カジメの生えている場所が減少している」と言われました。だから江ノ島だけの話ではないのです。
藻場再生にはどのくらいの時間がかかりますか?
藻場を再生しようと本気で考えると、5年や10年のスパンだと難しいです。自然のことだから、なかなかわからない。私が元気なうちはやった方がいいのかなと思っています。我々も始めてまだ3〜4年なので、定着するところまで来ていません。ただ、藻場再生していることを知った方々の意識が変わってくれればと思っています。そちらの方が大切ですから。
現在、相模湾で捕れる鯛は2匹に1匹、アワビは5個に1個が養殖です。江ノ島周辺では自然なものが増えていると考えますか?
どうでしょうか? 江ノ島でもサザエの稚貝など放流していますし、そのおかげで増えていると思っています。しかし餌の藻場がないと、いなくなってしまいます。
藻場再生は良いことですね
我々はそのつもりでやっていますが、それが果たして良いのか悪いのか。自然のサイクルで減ってしまっても仕方がない、という考え方もあると思います。それに、無いよりあった方がいいですよね。ただ、「生態系を変える」という学者的な目では見ていないので、「今まであったから戻せばいい」という感じです。人間は無くなると再生したくなるじゃないですか。
今まで無かったところに藻場ができて、しっかり根付き、それが周りに広がっていけばいいと思ってます。しかし、現在は減少化の歯止めは難しく、多少増えてもまた減ってしまうといった状態かもしれません。
江ノ島の漁師さんのお話
高齢化が進んでおり、若手が少ないですね。漁法は刺し網、一本釣り、延縄などで、当組合は定置網の運営をしています。乗組員は公募してチームを作り、みんな一生懸命に働いてくれています。また、湘南で人気のシラスですが、シラス業者は2軒です。
問題点は?
今やゴミを海に捨てないは常識です。ゴミがあったら自然にゴミを拾う。その意識が広がりを見せていますが、未だに海には多量のペットボトル、缶、ビンが海に浮かんでいます。これは誰かが捨てているということです。
また、藻場が再生する場所に「保護区域」を作りたいと考えています。近年ジェットスキーなどが湾内で走り回っていますが、なるべく藻場の近くでは遠慮していただきたいと思っています。沖の広いところで走ってもらうという意識を持っていただければいいなと思っています。