今、あなたの力が必要な理由

vol.29

日本有数の観光地江の島東浜海岸の隠れざる努力~昔のきれいな海を取り戻すために~

臼田征弘

臼田征弘さん- Yukihiro Usuda -

江の島海水浴場営業組合片瀬東浜組合長

高校、大学時代に海の家でアルバイト。卒業後の昭和42年信用金庫に入社。47年9月退社後、スナックや水道工事店に勤める傍ら、毎年海の家を経営。平成19年3月より組合長に就任。

・江の島海水浴場片瀬東浜:https://ee-beach.com/
・釘のない海の家:http://kuginonai-uminoie.com/
・ちびっこBEACH SAVERパーク:https://chibibeach.com/

臼田さんは何をされていますか?

私は平成19年度から神奈川県片瀬東浜組合長をしています。主な仕事は、4月から県や市と共に、7月開場となる海水浴場のルール作りなど、海の美化についての会議を重ね、より良い海水浴場にするために活動しています。

江の島では6月から海の家の建設が始まります。海の家工事車両を通すために、通常は施錠している道路を解放しますので、その際に事故がないように指導をしています。

そして7月1日の海開き。今年は1日が日曜日だったこともあり、大勢のお客さんが来てくれました。シーズンが始まると毎日が大変です。例えば、今日は(インタビュー時)「遊泳可」でしたが、3時40分に高い波を何本か確認したため「遊泳注意」にしました。その時々の天候の変化を海水浴場のお客さんに伝えるのも大切な仕事です。また、酔っ払いや怪我人が出た場合、救急車を呼ぶ指令を出したりしています。

江の島東浜海岸とはどのような海水浴場ですか?

この浜は家族連れと10代・20代の若い方が多いのが特徴ですね。昔は中高年のサラリーマンやOLさんがたくさん来ていましたが、最近はだいぶ少なくなりました。また戻ってきてほしいですね。

治安面でも、怖い人や酔っ払いなど、人に迷惑をかける行為は厳しく注意しています。度を超える人には警察の協力を仰いで対処しています。組合としては、お客さんが楽しんで帰ってくれることが一番と考えています。子供が思い出を作り、大きくなったらまた来てくれる。そんな海水浴場になってほしいですね。

日本の海水浴場で初めて下水を完備?

この東浜ではトイレは全て水洗なんです。浜に設置されている簡易トイレも水洗です。小さい海水浴場では、もしかしたら下水を完備している浜もあるかもしれませんが、日本有数の大きな観光地でこんな大掛かりな事業は初めてだと思っています。

なぜ下水を通したのでしょうか?

下水を完備する前の海水は濁っていました。特に7月終わりから8月にかけて、波が茶色に変色していたんです。浅瀬の砂浜にはヘドロのようなものが溜まり、足の裏も黒くなっていました。江の島は湾なので、汚れが溜まりやすいのでしょう。

なぜそんなに汚くなったのでしょうか?

東浜では戦後から長い間、海水浴場の「海の家」では食べ終わったラーメンのスープをはじめ、すべての汚水や排水を砂浜に染み込ませて、そのまま海に流してきました。

特に、シャンプー、リンス、ボディーソープなどの化学物質は、砂を痛めていることが分かっています。この深刻な状況に、海水浴場を開場できなくなる危機感が大きくなり、なんとか下水を通して欲しいと市役所の方に相談しました。しかし、県の許可が必要と言われたので県に行くと「何か事故があるかもしれない」と、及び腰でした。それでも相談を続け、最後は市長にお願いをして何とか工事に結びつけました。

下水ができて今年で4年を迎えましたが、茶色だった海水の透明度が上がってきました。最近はちゃんと「白波」になってきています。砂浜も綺麗になり、足の裏も黒くなりません。だから、あと5年もすると綺麗な海が復活するんじゃないかと期待しています。

実は近年まで東浜の海岸は、国の判定が「C」だったのですが、今年(18年度)は「AA」と判定されたんです。今までは、いつ海水浴ができない浜になってもおかしくなかったのに、、、嬉しかったです。下水を作って本当に良かったと思いました。

そして、嬉しいことに江の島は、砂浜も少しずつ伸びているんです。砂浜の減少に苦慮している海水浴場があるのに、江の島は恵まれています。また、電気関係ケーブルも地下に埋設したんです。今までは電信柱からダラーンと線が走っていました。台風などで電線が切れてしまったら大変な事故になります。これも下水と同じく、江の島の海岸の大きな特徴です。

昔はどのような浜でしたか?

私が小・中学校までこの浜は「銀砂」と呼んでいました。砂が銀色だったからです。それほど綺麗な砂浜だったのです。それから何十年も汚染にさらされ、汚れが蓄積してしまいました。昔はゴミ箱少なくて、穴を掘ってそこに入れて火をつけて燃やしていた、そんな時代です。それに、毎年100万人以上訪れる賑わいのある海水浴場でした。

綺麗な海のことを覚えていますか?

もちろんよく覚えています。泳いでいる時は2メートルくらい下まで海底が見えている感じでした。今はそんなことはありませんが、私が大学生くらいまでは綺麗だったと思います。

そして湘南ブームが訪れ、昭和30年代後半から少しずつ汚れてきました。最初は分からなかったんですが、海に入った時に足元がヌルヌルしていることに気がつき、これでは沼になってしまうなと思い、それから海の状況を考えるようになりました。

しかし、当時は下水道まで作ってしまうなんて考えもしませんでしたね。これは本当に実現して良かった。皆さんから「海がきれいになった」と言われることが本当に嬉しいです。

東浜では反社会勢力を追い出したと聞きました

昔は街宣車で江の島の商店街「スバナ通り」や、海沿いの道まで押しかけていました。県はこの団体のことを快く思ってなく、「彼らがこのまま居続けると海開きは難しい」との判断から、県と協議し、機動隊が出動してくれて何とか排除しました。

しかし、今度は違う反社会勢力が「このシマは俺が預かる。モメ事はすべて俺が解決してやる」と言い出したのです。この時はさすがに恐怖を覚えました。揉め事が収まるまでの6年間は、車にも乗らなくなり、移動は全てバイクで裏道を走っていました。ムエタイを若い頃からやっていましたし、「自分の身は自分で守らないといけない」と、いつも金槌を携帯していたことを思い出します。

藤沢市江の島ではお酒が飲めますね。鎌倉市は条例で禁止されています

最近は少し落ち着いてきましたが、若い子の間では、浜でお酒を飲むがの流行っているらしいです。藤沢市は、江の島の海は安心だからと言うスタンスなので、東浜・西浜ともにお酒を提供しています。しかし、東浜の「海の家」は飲み屋としての営業はしていません。海の家が基本です。134号通り沿いに5件ほどバーはありますが、オーナーさんは真面目な方ばかりなので、楽しくお酒を楽しめますよ。

昨年から「釘のない海の家」ができましたね

近年、東浜組合では、海の家の建築・解体時に落ちてしまう釘が原因で怪我をされることのないように、シートを引いて釘を抜いたり、所々に釘専用バケツを用意して釘を集めたり、磁気のついた収集機で清掃をするなど、様々な対応をしていました。しかし、2年前、あるところから錆びた釘が大量に出てきて問題になったんです。

そのことが県の会議で話題になり、東浜組合も釘をなくそうと頭を悩まされていたところ、「NPO法人海さくら」の古澤純一郎代表から日本財団とともに「釘を1本も使わない海の家を作りませんか」というお話をいただきました。それはいい話だったので、試してみることにしました。

この企画は、日本財団「海と日本プロジェクト」の一環としています。ただ建設するのではなく、「釘のない海の家」とはどんなものなのかを勉強・体験してもらうために、地域の子供達と「建物を覆う天幕に絵を描くイベント」「その天幕を実際に小屋に覆うイベント」「小屋を作るイベント」の3回を開催しました。

今回は大勢の方に協力していただきました。デザインは慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の小林博人教授。施行は株式会社長谷萬。そして、天幕デザインはオリンピックのロゴをデザインした野老朝雄さんです。釘を使わず建築ができるということは、私達「海の家」を営業している者にとって、とても理想的なことです。

釘がなくなってどう思いましたか?

この東浜海岸に来てくれたお客さんが素足でも歩けるようになる。その第一歩だと思っています。そして実際に結果が出てきました。1年目のシーズン終了時に、海の家のオーナーに「解体時に釘を捨てるようなことがあったら、来年営業させない」と伝え、海の家の解体が終了。県が実施した釘の調査でほとんど釘が出てこなかったんです。本当に嬉しかったです。

海の家に入っているものは?

我々が活動する東浜事務所・救護所には、いつも看護師さんが待機しています。DJブースからは、日替わりでアナウンサーがその日の案内等を放送してくれています。また、ライフセーバーの待機所にもなっています。

「ちびっこBEACH SAVERパーク」が今年からできました。どのような公園ですか?

昨年からお世話になっている「釘のない海の家プロジェクト」に引き続き、「海と日本プロジェクト」の一環です。このプロジェクトは、まさに若い世代の海離れが加速している状況に、少しでも改善したいと思いスタートしたものです。

日本財団の調査では、今の子ども達の約4割が「海に親しみを感じていない」という事が分かっています。海離れしている子ども達を、まずは海の手前の砂浜で遊ばせてあげて、少しでも海を身近な存在に感じて欲しいと考えました。

そして形になったのが、この「ちびっこBEACH SAVERパーク」です。砂浜が「キレイであって欲しい」「安全であって欲しい」と、海を大切に思う心が育まれていくことを願って「ちびっこBEACH SAVERパーク」は誕生しました。7月1日〜8月31日までの期間限定の公園です。

具体的にはどのようなことをしますか?

朝10時から夕方の4時半の間で6ターン入れ替え制になっています。最初の回は10時から10時50分まで。最後は4時から4時半と、少し短めにしました。最初は海の環境のことについて少しだけ学んでもらい、それから片瀬東浜で5分間のゴミ拾いをして、終了後ちびっこBEACH SAVERブレスレットを受け取って遊ぶことができます。

公園内の大きな船を形どった遊具は、クライミングウィール、ハンモック、トランポリン、ファイヤーマンポールなど20種類が用意されています。

始めてみていかがですか?

子供も大勢遊びに来てくれています。親御さんにも素晴らしい取り組みだと評価が高いです。その意見はとても嬉しいんですが、まだ、この公園のことはあまり知られていません。

だから、江ノ電さんにポスターなどを貼ってもらうなど、努力はしています。来年は違う鉄道会社にもお願いしたいと思っています。そうすればもっと周知が広がり、来年はもっと評判が良くなるでしょう。

パークには臼田さんをモデルにした絵本が置いてありますね

パークで遊んだ子ども達に渡していただいています。ひらがなで書いてあるので、小さい子でも読みやすくなっています。書いてあることはほとんど事実です。

東浜の問題点は?

例えば、天候により遊泳禁止になった場合、海の家は閉店してしまいますが、事務局は浜を監視しています。そんな時に、酒を飲むためだけの迷惑者が浜にやってきます。去年は注意をしたら喧嘩になりそうになりました。酔っ払いは何を言っても分からないから困ります。

でも、藤沢市の海岸はお酒は飲んでいいので、ルールを守ってくれれば有り難いです。東浜には喫煙所も5箇所あります。海の家にもにも灰皿があります。ポイ捨てはやめていただきたいです。

また、「置き引き、タバコ・ゴミのポイ捨て」などのルール違反については1日十回ほど放送しています。その甲斐あって、だんだんゴミを散らさなくなってきました。県はゴミ箱を減らして、なるべく出したゴミを持ち帰ってもらう姿勢ですが、実際にはそんなことは難しいので、海の家で預かるかようなシステムにするか、何か考えないといけません。

「ゴミを持ち帰る」という習性をつけるには10年以上かかりますよね。しかし、海岸も確実にきれいになってきているので、このまま継続していきたいです。

目標はありますか?

私はそんな贅沢を言ってられません(笑)。お客さんが怪我なく喜んで帰ってくれ、海の家もある程度の利益があれば、みんなも余裕が出てくる。余裕が出てくると、ゴミでもなんでも率先して拾ってくれる。余裕がないと人間ってギスギスしてしまいますよね。

夢はありますか?

不器用な男が何十年もこの浜で生活を支えてきました。夢ではないけど、これからできるだけ、この浜に恩返しをしていきたいと考えています。

2018年の夏は台風の当たり年。
心配して浜を見つめる臼田さん

今年の夏も大勢の方が東浜に来てくれました

昔は茶色かった波も「白波」になってきている

浜に設置してあるトイレ。小便器も洗浄できる

蛇口タイプの簡易トイレ

パイプから下水へ

「釘のない海の家」天幕の製作中

片瀬小学校の生徒さんと協力して製作中

天幕デザインはオリンピックのロゴをデザインした
野老朝雄さん

天幕を「釘のない海の家」に取り付けるイベント

子供達と内部の組み立てるイベント。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の小林博人教授の指導を受ける

釘を1本も使っていないので木槌でトントン

「釘のない海の家」全景

未だに多くの釘が浜から出てくる。
たった5分で集まった錆びた釘

今年7月から開園した「ちびっこBEACH SAVERパーク」

海賊船を模したお船に子供達は大感動

臼田さんを題材にした絵本

臼田さんの東浜の思いが詰まっている

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

江の島東浜海岸は有名な海岸なんですが、少子化が進み、海水浴客が少なくなると海の家も少なくなってしまいます。「海水や海風に触れる、体にすごく良いことなんだよ」と伝えたい。大勢の方に江の島に来て、この浜を支えてほしいと切に思っています。

臼田さんの想い

2020年の東京オリンピックがやってきます。県も市もこの一大イベントに力を入れています。まずはオリンピックの成功を祈っています。また「釘のない海の家」「ちびっこBEACH SAVERパーク」に続き、次はどんなことができるのか楽しみです。

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com