今、あなたの力が必要な理由

vol.3

世界中の深海を調査したパイロットの言葉~深海ではビニール袋ひとつが命に関わる~

小倉訓

小倉訓さん- Satoshi Ogura -

海洋工学センター 企画調整室 室長、元「しんかい6500」パイロット

海洋研究開発機構 海洋工学センター 企画調整室長 2015年より現職

  • 1983年4月:海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)「しんかい2000」整備士として入社。
  • 1989年4月:「しんかい2000」潜水士となる。
  • 1989年11月:「しんかい6500」引き渡し、潜水士として配属。「しんかい6500」船長、整備長。
  • 2000年5月:海洋研究開発機構 陸上勤務となる。
  • 2008年8月:日本海洋事業 深海技術部「しんかい6500」副司令
  • 2012年4月:「しんかい6500」運航チーム 指令
  • 2013年4月:海洋研究開発機構 海洋工学センター 運航管理部。探検査機運用グループ グループリーダーに復職。
  • 2015年4月:海洋研究開発機構 海洋工学センター 企画調整室長
  • ※通算潜航回数250回 (「しんかい2000」30回、「しんかい6500」220回 ) 通算潜航時間 1728時間。

「しんかい6500」通算潜航時間1567時間58分のベテランパイロットが語る

現在はどのようなお仕事をされているのでしょうか?

海洋工学センターの企画調整室で船の運航関係と海に関する技術研究開発する部署の2つのセクションをマネージメントするのが今の仕事です。潜水船運航チーム陸上勤務になって4年目になります。

パイロットを続けたいとの想いはありますか?

個人的には現場にいたいと言う気持ちはありました。しかし私はパイロットと言うよりは、どちらかと言うとエンジニア畑で、潜るより機械を触っている方が楽しい人なんです。また機械を知り尽くしている事と経験上から「しんかい6500」の潜水船に必要なことをエンジニアの目で見るというのも大切な任務のひとつだと思っていました。

現在の状況を教えてください

「しんかい6500」は今年で運用27年目を迎えました。そこで現在は次世代の潜水船について考えなければいけない時期にきているところです。昨年度、文部科学省で次世代深海探査システム委員会を立ち上げていただきました。ROVやAUVなどの無人探査機、有人潜水調査船を今後、どのように開発していくかについて、有識者や研究者のご意見を参考に国のニーズなどを含め検討しながら新たな深海調査システムの考え方を構築してゆくための委員会です。

昭和59年に6000メートル級の有人潜水船を作る国の方針が立てられ、「しんかい2000」を中間段階とし、「しんかい6500」が完成した段階でそのプロジェクトは終了しています。そして『次は何?』と言うところでなかなか話が出てこなくて、この数年状況は変わりませんでした。

それはどこを目指すかによって、条件が違ってくるからです。近海の日本海溝の一番深い所は約8000メートル。あと千島海溝、琉球海溝、伊豆小笠原海溝なども深いですが、日本近海で一番深いと言われる場所は9000何百メートル。もし9500メートル級があると日本の近海は全部潜れちゃう訳です。そして世界で一番深いと言われるマリアナ海溝の10920メートルを「目指す」か「目指さない」かなどがポイントになります。潜航深度で比べると「しんかい6500」はだいたい半分くらいです。

しかしそこまで深いところは地球全体の数パーセントしかないわけです。そこで意見として「ちゃんとそこまで探査しないといけない」や「そこは何もないだろう」と研究される方によって意見が違います。

技術開発だって大変です。圧力が倍になる訳ですから、今はそこにいくまでの開発に大きな課題もあり、これからどのようになるのか検討しなければなりません。

10920メートルの深海にゴミがたまっていたら嫌ですね

そこにはゴミはなかった(笑)映像でみた限りではありませんでした。海上に船の通り道ではなかったのかもしれませんね(笑)

海洋研究開発機構(Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology:JAMSTEC ジャムステック)は、平和と福祉の理念に基づき、海洋に関する基盤的研究開発、海洋に関する学術研究に関する協力等の業務を総合的に行うことにより海洋科学技術の水準の向上を図るとともに、学術研究の発展に資することを目的とした組織です。▼海洋研究開発機構ホームページ
http://www.jamstec.go.jp/j/

JAMSTECの研究船の模型を見る事が出来る

展示室の内観。「しんかい6500」と同じレプリカがあり、コクピットにも座れます (ページ下部動画参照)

深海のゴミは基本的どこに行ってもある

以前、講演会で御聞きした、「しんかい6500」のプロペラにビニール袋が絡まり緊急浮上をしたお話は衝撃的でした

講演時に映像でもお見せしましたが、陸地に近い海中ではコンビニのビニール袋が非常に多いです。その袋は浮くでもなく、沈むでもない状態で、海中を漂っています。これが運悪く、「しんかい6500」が走る航路に浮遊していました。そしてスラスター(上下方向を制御する)のプロペラに絡んでしまった訳です。相模湾と言うのは基本的に海水浴場が多いですよね。湾内は割とビニール系のゴミが多い。いろんな方が海岸清掃とか、ゴミを持ち帰りましょうとか、広めてはいただいています。しかし、ひとつでも残っていると風で飛んでしまえば、このような状況になってしまいます。些細な事ですが、この積み重ねが命に関わると言う事ですね。

潜水船のパイロットをしていますと自然にあるものはそんなに怖くないです。熱水が吹き出ている場所などあまり怖いと思った事はありません。ただ人工物は違和感などもあり怖い。人工物がロープだったりすると、それに絡むと浮上できなくなるため、人工物を見ると必ずドキっとしました。そして発見すると、よーく状態を確認して「逃げる」という行動をとります。

空き缶などは長い目でみると腐食をして腐ってくるので、我々の仕事の邪魔になるような事はない。最近ではビニール袋など自然に返る素材も使われていますが、昔のビニール袋はそのまま残っている状況です。

深海は酸素濃度も低く、日光も射さない。物の腐敗ペースが遅いとききましたが

分解のメカニズムはよくわかりませんが、深海もいろいろな細菌もいますし、少ないですけど酸素もあります。最終的にはなくなるのかもしれませんが、プラスチックというのは、あまり分解するという事はないようです。私は長い目で見ていませんし、学者でもないのではっきりした事はいえません。しかし深海ゴミはどこにでもありますよ。

どの海域を航海していましたか?

太平洋、大西洋、インド洋など主だった海洋は潜航しています。「しんかい6500」の場合にはどちらかと言うと湾内を調べる事よりも外洋や海溝域ですね。深いところ、陸地からだいぶ離れたところの調査が多いです。そうするとゴミの量も全然違ってきます。

国別によってゴミの種類も変わりますか?

深い沖の海底は基本的に船から捨てたようなゴミ、空き缶や魚網などが多いです。基本的に陸から遠い深い海溝などではビニールゴミはほとんど見ません。

個人的な感想ですが、今まで潜った中では相模湾の深海ゴミが特に多いと感じています。相模湾はどこをとっても海水浴場の数が多いでしょ。長い砂浜が続きますし、海水浴や海上レジャー、釣りを含めて。そういう意味ではそこに出ている人も多い。ゴミの量は人の量に比例しますから、たぶんそういう事かなと思っています。駿河湾は海水浴場が多くないので、相模湾より比較的少ないのは、そのためでしょうかね。

「しんかい6500」の潜航は、研究者の広募(リクエスト)によって潜航する場所が決まります。検査工事あけの試験潜航などで相模湾、特に初島沖は多く潜航しています。その後外洋調査となります。

東日本大震災の時は瓦礫も数多くありましたか?

震災後3ヶ月くらいに調査で行かせてもらいました。しかし深海にはあまり瓦礫はありませんでした。どちらかと言うと浮いている方が多かったです。しかし家一軒がそのままの形で流されている光景に、やはりこの地震は凄かったんだと実感しました。また同海域の2006年の調査では観察されていなかったバクテリア群が地震後の海底の調査では観察されました。地震により海底の地中奥深い場所で何らかの変化があったのでしょうね。

マネキンが深海に佇んでいたそうですね

ええっ 実はあれ、私が潜航したのではなくて、他のスタッフが2回行っているのですが、聞くところによると、普通に走っていたら窓から見えて「首が落ちている」と相当ビックリしていましたね。大声で「うぁー、なんじゃあれ」と驚いていましたからね(笑)

それから丁度1年後に同じところに行ってみると。同じマネキンが同じ場所にある訳です。でもマネキンの目の部分の見え方が全然違う。海底って上からどんどん堆積物がたまってきちゃうので、その隠れてしまった差を計ると「沈殿の早さが分かるでしょう」と研究者がおっしゃっていました。その通り、これはある意味、指針になるのです。

しかしなぜマネキンがあそこにあったのかは私にはわかりません。誰かが船から捨てたのか。また沖の海底でみる瓶、缶などのゴミは船から捨てたものだろうと思っています。

現在、海にはマイクロプラスチックが5兆個漂っていると言われています。カウントしてはいないと思いますが、深海のゴミって、どのくらいあると推測していますか?

どれくらいでしょうかね。考えた事もありません。もともと昔は、いろんなものを海洋投棄していましたよね。陸で必要なくなったものをどんどん海に捨てても何にも思わなかった時期もありました。ですからその時に相当量捨てられていると思っています。それが今では魚の汚染など、いろいろな問題を起こしています。結局、昔の行動がブーメランのように現代に影響を及ぼしているのでしょうね。

昔に投棄されたゴミは堆積物がたまり見えなくなっていますか?

どこに溜まるかは、潮の流れなどによって全然違う。例えば学校の校庭の真ん中にゴミをポンっと置いた時、風の影響によって運ばれてどこか一カ所にたまる場所があるでしょ。海底にもそういうところがあるようですが、それはよくわかりません。昔の貝塚ってありますよね。貝塚って昔のごみ処理場ですよね。その発見された地層と結局一緒ですよね。

「夢の島」ゴミを集積したところもあったでしょ。そこに土を入れて平にして土地として使っているでしょ。ゴミは絶対になくならない。全部が全部リサイクルになってくれるといいんだけどね。なかなか人間そうはいかなくて、便利な方を使いますからしょうがないのかなと個人的には思います。

他にエピソードがあれば是非教えてください

私がパイロットの時に救急箱のような四角い箱がある方向に等間隔8個くらい並んでいました。それを見た時にピックアップするかしないか、考えました。それって研究には全然関係ないじゃないですか。研究者の方にも「こういうのありますね」と話はしますが、それが何かわからない。もし上げて毒だったら、船全体の人間に影響があるので、やめておきました。逆にもし金塊だったりしたら、それはそれで大変なので。すごく葛藤はありましたよ(笑)。ただ人工物は何があるかわからないので、怖い。走る方向に並んでいたのですごく気味が悪かったです。

何だったんですかね?海上から捨てたものですよね。何か隠したいものかな?

人工物って怖いなと思ったエピソードがもうひとつあります。長い筒が、海底に横たわっていました。その筒に英語で何か書いてありました。これって「何の部品だろう」と思う訳ですよ。しかしとりあえず、危ないものだと困るので近寄らず、逃げます(笑)

それから網とかロープ。いわゆる海底にひっかかっているだろうと思われるもの。それにもし引っかかると自分達が上がれなくなる。それが一番怖いです。その驚きを例えるなら深い森の中を歩いていて突然、人工物が出てきて、それに文字なんか書いてあったら「なんだこれ」と思うでしょ。それと同じ感覚ですよ(笑)

(C)JAMSTEC
世界中の深海を調査する
有人潜水調査船「しんかい6500」

レジ袋

(C)JAMSTEC
レジ袋 / 相模湾 初島南東沖
潜航:2011/04/07
撮影:有人潜水調査船「しんかい6500」

ビール瓶

(C)JAMSTEC
ビール瓶 / 南海トラフ 遠州灘沖御前崎南方
潜航:1990/08/18
撮影:有人潜水調査船「しんかい6500」

吸いがら入れ

(C)JAMSTEC
吸いがら入れ / 相模湾 小田原市沖
潜航:2000/11/27
撮影:有人潜水調査船「しんかい2000」

タイヤ

(C)JAMSTEC
タイヤ / 相模湾 相模海丘
潜航:2002/03/10
撮影:ドルフィン3K

なべ

(C)JAMSTEC
なべ / 相模湾 初島南東沖
潜航:2011/04/07
撮影:有人潜水調査船「しんかい6500」

マネキン

(C)JAMSTEC
マネキン / 日本海溝 宮古東方東部
潜航:1991/07/15
撮影:有人潜水調査船「しんかい6500」

マネキン2

(C)JAMSTEC
マネキン / 日本海溝 宮古東方海側
潜航:1992/07/19
撮影:有人潜水調査船「しんかい6500」

今年3月に新しく就航した
海底広域研究船「かいめい」

美化意識の高い人も大勢います。安心して潜る事ができました。

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

陸上でゴミを出さない事です。川に捨てたものは最後、海にいきます。海岸に捨てた物も海中に行く訳です。だからゴミを出さないと言うのが一番でしょうね。海岸清掃活動などの「ゴミ拾い」は「拾う」と言う事はそこに「捨てる」人が居る訳で、その人たちが「捨てなければ」清掃作業はいらない訳です。そのような認識を全員、持てるか、持てないか。認識を持てないのは、そこは自分の家ではないから。例えば道路にツバを吐く人がいるとする。その人は自分の家の畳の上につばを吐きますか?絶対に吐かないですよね。

そのへんの感覚なんでしょうね。自分のものではないと言う事が大きい。でもそれって絶対に自分に帰ってくる事です。私も海にいったら絶対にゴミは持ち帰ります。ゴミ問題に意識が高い人以外にどれだけ巻き込めるか、なかなか難しいですが、これからの課題だと思います。

小倉先生の想い

日本は海に囲まれています。地震が多いですが、実は陸の地震より海の地震の方に問題があります。海底で地震があれば津波が起こってしまうでしょ。

もう少し海に関心を持っていただきたい。空ってなんだか「夢」があるように感じますが、「海」はそんなイメージがないな、と感じています。海って見えている部分がほんの少しの表面だけで、見えないところの方が多い。そういう見えないところも感じで欲しいです。海の幸もいただいているし、そこでレジャーもしている。海外では海底油田もある。地球の70%が海ですから、海に目を向けて欲しい。それから最後にゴミを出すと最終的には自分に戻ってきてしまうという「意識」を持っていただきたいと思います。

船舶や潜水調査船、観測機器、実験施設など、JAMSTECが誇る研究施設の数々を直接見学することができます。展示室には「しんかい6500」の実物レプリカが展示されコクピット内に座る体験もできます。最先端の研究施設の見学やビデオ上映のほか、体験型展示施設など、盛りだくさんの内容で皆さんのお越しをお待ちしています。

▼見学のご案内
http://www.jamstec.go.jp/j/pr/visit/yokosuka.html

見学にはお申し込みが必要です。※船舶や潜水調査船は調査日程により見学できない場合があります

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com