今、あなたの力が必要な理由

vol.38

日本の貴重な自然、絶滅危惧の動植物を守る~自然保護スペシャリスト達の記録~

幸地彩子

幸地彩子さん- Ayako KOCHI -

公益財団法人日本自然保護協会(The Nature Conservation Society of Japan:NACS-J)広報会員連携部

1984年生まれ、沖縄県那覇市出身。
大学在学中に日本自然保護協会にアルバイトとして勤務を開始。大学院在籍中に定時職員として助成金事務局や企業向けの自然観察会運営を担当。2016年から広報担当として、取材対応やメディア向け勉強会の実施、プレスリリース作成、WEBサイト運営等を担当する。
自然観察指導員、ビオトープ管理士(計画)2級

ホームページ:https://www.nacsj.or.jp/

幸地さんは何をされていますか?

日本自然保護協会の広報会員連携部に所属し、各種メディアから協会への問い合わせに対応しています。年に4回ほどメディア向けのレクチャーを開催しています。レクチャーは、世間の注目を集めた話題(ヒアリやカワウソ)の専門家を招いて解説したり、国際会議での重要な取り決めについて、出席した職員による直接解説など、ニュースを出す人たちに情報をインプットするものです。また、ウェブサイトやSNSの運営も行っています。

日本自然保護協会は何をしているのですか?

日本自然保護協会(以下、NACS-J)は動植物や、その住める自然環境を守ることで、将来的に人間が豊かに暮らせる社会を目指しているNGOです。

開発による生息環境の消失、干潟やサンゴ礁の埋め立て問題、過疎地の農地荒廃、外来生物の増加など、人の目に付きにくい場所で自然の劣化が進んでいます。絶滅が心配される生物も増えていて、2019年4月に発表された環境省レッドリスト2019と、2017年に発表された海洋生物レッドリストによると、日本国内で絶滅した動植物は111種類、絶滅危惧種は3732種が指定されています。そして今まさに絶滅に追いやられようとしている生物がいます。

NACS-Jは様々な自然保護問題に対し活動を展開すると同時に、自然保護を進めるうえでパートナーともなる「自然観察指導員」を全国で増やす活動もしています。

保護活動はどのような活動でしょうか?

「壊れそうな自然を守る」「日本の絶滅危惧種を守る」「自然で地域を元気にする」「自然の守り手を増やす」この4つの事業を軸にして活動しています。

「壊れそうな自然を守る」とはどのような活動でしょう?

日本は陸に比べて海の保全が大きく遅れています。特に、著しく減少しているのが砂浜です。

具体的な活動事例では、鹿児島県の奄美大島にある嘉徳海岸で計画されていた工事を、縮小することができました。ここは全国的にも本当に貴重な「人工物がない砂浜」で、上流部にある豊かな森からダムのない川を通じて砂浜までがひとまとまりに残っているのは、亜熱帯地域ではここだけだと考えています。

しかし、ここに護岸工事が予定されていることを地元の方から相談され、市民参加の砂浜生物調査を行い、この砂浜の自然が豊かであるということを科学的に示しました。その調査結果をもとに、関係機関に働きかけをしてしたところ530mの護岸計画は180mまで縮小されました。

生き物で保護に力を入れている事業は何でしょうか?

現在「サシバ」「草原性のチョウ」「イヌワシ」「四国のツキノワグマ」の保全活動を重点的に行っています。

一般の方にはあまり馴染みがないと思いますが、サシバは里山で人間の近くに暮らす猛禽類です。春から秋にかけて日本で繁殖して、冬は東南アジアなどに渡って行きます。しかし生息環境の悪化などにより日本では絶滅危惧種Ⅱ類に指定されています。日本で保全活動を進めるうち、越冬地であるフィリピンで、少なくとも3500〜5000羽のサシバが、日本に向かう渡りの時期に密猟されていることがわかりました。

そこで、NACS-Jではアジア猛禽類ネットワークや他関係者とともに、2016年からフィリピンで密猟撲滅活動を地元市長と進めた結果、2017年の春には密猟をほぼなくすことができました。

参照)https://ja.wikipedia.org/wiki/サシバ

HPにある「赤谷プロジェクト」は何でしょうか?

群馬県みなかみ町に広がる1万haの国有林「赤谷の森」を舞台にした活動です。NACS-Jは生物多様性の復元と、自然の恵みを活かした地域づくりを目指し、2003年から地域住民・林野庁・NACS-Jの3者協働で「赤谷プロジェクト」をスタートさせました。

様々な活動を行っていて、例えば絶滅危惧種の猛禽類「イヌワシ」の生息環境を向上させることで、イヌワシや他の動植物が生息できる豊かな森林環境の保全に取り組んでいます。

イヌワシの生活環境は向上をしましたか?

人工林の木々は間隔が狭く、森が混み、イヌワシは上空からウサギやヘビなど餌となる動物が見えず、狩りをすることができませんでした。それが原因で繁殖に失敗していたと考えられています。そこでイヌワシの狩場をつくるための試験地を設定して、密生していた木々を伐採し見通しを良くしたところ、イヌワシが狩りをする様子を確認することができました。

また、この試験地の周辺でのイヌワシの出現頻度と獲物を探す回数が増加したことから、狩場づくりは生活環境の向上に役立っている可能性が高いです。

世界自然遺産にも大きく関わっていますか?

NACS-Jは、個別の生物種を守ることだけではなく、自然環境そのものの保全にもずっと力を入れてきました。例えば、1992年に日本が批准した「世界遺産条約」は、NACS-Jが政府に批准を強く働きかけて実現した、自然保護の成果のひとつです。

1980年代は白神山地の青秋林道計画や、知床国立公園内の国有林の伐採問題、さらに石垣島の白保サンゴ礁を埋め立てる新空港建設問題など、日本の豊かな自然を大きく損なう開発問題が多数あり、それぞれの自然保護運動に関わってきました。そして、そういった貴重な自然を、世界自然遺産の仕組みをうまく使うことでより強力に守るため、世界遺産条約の批准を強く求め、日本政府の批准にいたりました。

大きな制度を用いる一方で、世論づくりも重要な自然保護運動です。白神山地のブナ林に計画されていた青秋林道の問題では、ブナ林をテーマにした自然観察会を全国で行い、かつ多くの行政関係者も登壇するようなシンポジウムを開催しました。

こういった経緯からブナ林の重要性を一般の方々に広めたことで「白神山地を守る」という世論が生まれました。その世論の声も、世界自然遺産の登録に影響を与えるものでした。そしてこれは、一般の方への普及啓発が成功した一例にもなりました。

法律の改正にも関わっているようですが?

自然環境にまつわる法律には常にアンテナを張り、ロビイング活動などを行っています。具体的には、自然をより効果的に守るため、現行の法律でカバーできていないところを議員の皆さんに知ってもらうほか、国内の自然保護問題を知ってもらう機会づくりなどをしています。

例えば、2017年に改正された「種の保存法」ではロビイングの結果、参考人として意見陳述を行い、NACS-Jが主張していたことを「附帯決議」というかたちで盛り込むことができました。

参照)https://www.nacsj.or.jp/2017/08/6052/

今一番力を入れている事業はなんですか?

先ほどお伝えしました「日本絶滅危惧種を守る」「壊れそうな自然を守る」「自然の守り手を増やす」「自然で地域を元気にする」それぞれの事業に力を入れていますが、特に現在は「壊れそうな自然を守る」で沖縄の辺野古問題に力を入れています。辺野古の埋め立て工事では移動させやすい甲殻類や貝類だけを移動させたり、実効性に疑問が残る孵化したウミガメ専用のトンネルが作られるなど科学的ではない環境保全措置がとられています。NACS-Jは、科学的な調査結果をもとに、工事の中止を長年求めてきました。

NACS-Jは、沖縄の自然環境が世界でも誇れるものであるとして、1992年に日本が世界自然遺産条を批准するときからずっと、その自然を残して、後代へ引き継ぐべきだと訴えてきました。いろいろな問題が絡んでいますが、世界でも辺野古でしか見ることのできない貴重な生物が生息していることもわかっています。辺野古・大浦湾は、日本が世界に誇れる自然であることは間違いないので、埋め立てるべきではありません。

辺野古にはレッドリストに載るような生物はいますか?

防衛省の地方組織である沖縄防衛局のウェブサイトに「普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境影響評価書」(2011年)(https://www.mod.go.jp/rdb/okinawa/07oshirase/chotatsu/hyoukasyo/hyoukasyo.html)が掲載されていて、この調査で、レッドリストに掲載されている動植物が多数いることが判明しています。2018年12月には5806種の生物が確認されていて、うち262種が絶滅危惧種です。日本でこの海域でしか見つかっていない生き物や新種、さらに新種かも知れない未記載種も複数見つかっています。

このリストに記録された貴重な生き物のひとつに、ジュゴンがいます。正確な個体数は不明ですが、実際に確認されていた3頭のうち1頭が死体で見つかるという悲しい出来事が2019年3月にあり、大変なニュースになりました。その後、実は環境省の発表資料で、沖縄本島から少し離れた八重山地方で、ジュゴンの目撃情報があることが公表されました。
参照)http://www.env.go.jp/nature/H30_MOE_%20dugong_report.pdf
今後、ジュゴンの保護はもちろん、辺野古・大浦湾を国・地方・NGOで一体となって残していくことが重要です。

辺野古の現在は?

ついに工事が着工され、埋め立てが始まっています。2002年~2012年まで地元の方々と協力して実施してきた海中の調査が「臨時制限区域」の設置によりしばらくできませんでしたが、2018年に緊急的に可能となりました。ご支援を元にした緊急調査の結果、白い砂が海底に広がっていたエリアに礫や岩などがたまりはじめていて、海中の環境が変わりつつあることがわかりました。実はこの変化は環境アセスメントでは予測されていませんでした。

大きな動きがあるとニュースになりますが、テレビや新聞で報道されないこのときも、NACS-Jは多くの関係者と協力をしながらこの問題に対応しています。

自然観察指導員の育成に力を入れているんですね

2018年までに登録者がのべ3万人を超えました。そしてその指導員が開催する観察会には、年間延べ130万人の方が参加しています。2018年は自然観察指導員が誕生してから40周年でした。時代の流れにあわせながら、これからも一緒に自然を守る仲間づくりを続けていきます。

その自然観察会に参加するにはどうしたらいいですか?

観察会は、遠い特別な場所で行われるものだと思っていませんか?実は身近な公園で行うことも多いです。例えば東京都杉並区にある善福寺公園では2~3ヶ月に1回、自然観察指導員が中心になって自然観察会が開催されています。

30名応募のところに100名の申込みがあるような会もあります。自然指導員さんたちが自主的に作った「連絡会」というネットワークがあるので、各連絡会のウェブサイトを見れば自然観察会の情報が手に入ります(https://www.nacsj.or.jp/education/instructor/network/list/)。

全国で開催されている自然観察会を一覧できるようなウェブサイトが今ないので、今後そういったウェブサイトを作りたいと思っています。

NACS-Jのスタッフは何人いらっしゃるのですか?

現在は28人(2019年5月)です。自然を守りたいという熱い気持ちを持って、違う業種から転職してくる方もいらっしゃいます。我々の仕事は10年、15年と活動を継続してようやく「成果」が見えてくるという地道な仕事です。

また、たまに勘違いされますが私たちはどこかの省庁の外郭団体ではないので、出資や補助金は受け取っていません。NGO(非政府組織)として活動をしています。

HPが素敵ですね?

ありがとうございます!2017年にリニューアルをして、自然保護に興味のない方でもきてもらえるような、分かりやすい記事作りを心がけています。多くの方に見に来てもらえるよう、これからも工夫を重ねていきます。

自然保護の精鋭が集まる日本自然保護協会の事務所

渡りをする猛禽類サシバ
(撮影:仲地邦博)

四国のツキノワグマについて知ってもらうためのパンフレット

無人撮影カメラで撮影された四国のツキノワグマ
(写真提供:四国自然史科学研究センター)

四国のツキノワグマ調査の様子。山のかなり上まで行きます

試験地で狩りをするイヌワシの様子を捉えた貴重な1枚 (撮影:上田大志)

翼を広げると2mもあるイヌワシ (多摩動物公園で撮影)

絶滅危惧種のオオルリシジミ

ブナシンポを呼びかける当時の広告

辺野古・大浦湾の巨大なアオサンゴ群集

辺野古での調査の様子 (2002年)

2018年の辺野古の海中

自然観察指導員講習会の記念撮影

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

私たち日本自然保護協会の活動は、日本全国で多岐にわたります。例えば、四国のツキノワグマを守るために必要な調査には、多くの無人自動カメラが必要になりますし、辺野古や奄美大島の海を科学的に「すごい!」と示すためにもやはり調査が必要で、移動や調査機材などに費用がかかります。NGOであるNACS-Jの活動基盤は寄付と会費なので、活動を続けるためには皆さまからの支援が必要です。

開発されずに残った自然が国立公園や世界自然遺産としてその素晴らしさを認められたように、今の日本の自然を守ることは、将来必ず「良かったね」と言われることだと信じています。どうか、皆さまのちからを貸してください。

幸地さんの想い

いろいろな生き物が好きですが、最近は特にアブラムシが好きです。花の茎に、昨日いなかったはずのアブラムシがいきなり隙間なく広がる光景はいつ見ても嬉しくなります。身近な自然にドキドキ、ワクワクする感覚をいつも鋭くして、毎日を楽しく過ごしたいと思っています。

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com