中島さんは何をされていますか?
日本クマネットワークがNACSJ、四国自然史科学研究センターと協力して実施ししている「四国のツキノワグマを守れ! -50年後に100頭プロジェクト-」の普及啓発チームを担当しています。
日本クマネットワークとは、全国のクマの研究者や自然保護活動家、国や地方の行政関係者、学生や主婦の方など約320名が参加し、人間とクマの共存を目指している団体です。ニュースレターの発行やシンポジウム、イベントなど、クマに関する情報の共有、クマの保護や被害防止などに関する問題提起、地域の活動支援などを行っています。
日本のクマはどんな種類がいますか?
日本にはツキノワグマとヒグマの2種が生息しています。ヒグマは北海道のみで、本州以南に生息しているのがツキノワグマです。アジアに広く分布するツキノワグマの中でも、日本にいるのはニホンツキノワグマという亜種ですが、その中でもさらに遺伝的には東日本グループ、西日本グループ、四国・紀伊半島グループの3つのグループに分かれます。残念なことに、九州地域にいたツキノワグマは絶滅したと言われています。
ツキノワグマは、北海道を除く日本の陸上に住む哺乳類の中で一番大きな動物で、体長は120~145cm、体重は70~120kgもあります。人間の大人より少し小さいサイズです。
では四国のクマのことを聞かせてください
四国のクマは頭数も少なく、1980年頃まで高知県、愛媛県の県境周辺にも生息していましたが、1985年に捕獲されたクマを最後に四国西部からはクマはいなくなりました。現在は、高知県と徳島県県境の剣山とその周辺の地域にだけ生息している状況です。
現在は四国には何頭のクマがいるんですか?
1996年の時点では、四国のクマは50頭未満と推測されていましたが、最近の調査では10〜20頭しか確認されていません。何も対策を取らないと、2040年頃には60%の確率で絶滅する可能性があるとされています。
しかし、山に仕掛けた自動撮影カメラには子グマが映っていたので、繁殖をしていないというわけではありません。繁殖は可能なのに個体数が増えない原因は不明です。頭数が少ない現在は、四国全域で狩猟が禁止されています。
そもそも四国のクマはなぜ絶滅寸前なのでしょうか?
クマの生活場所として重要な広葉樹林が伐採され、スギやヒノキの人工林に変わってしまったことや、"スギやヒノキの皮を剥いで木材として台無しにしてしまう害獣"として駆除が奨励され、たくさんのクマが捕獲されてしまったことが大きな原因です。
クマは雑食性のため比較的何でも食べますが、ドングリなど植物を好んで食べる傾向にあります。一般に、スギやヒノキの人工林は自然の林に比べてクマの食べ物が少ないことが知られています。そのため、今ある人工林で広葉樹に変えていくなど生息環境を整え、生活場所を増やしていくことが必要です。
なぜ四国ツキノワグマ保護プロジェクトを始めたのですか?
JBNで2011~2013年に行ったプロジェクト「ツキノワグマおよびヒグマの分布域拡縮の現況把握と軋轢抑止および危機個体群回復のための支援事業」で、全国の最新のヒグマ・ツキノワグマの分布域を調べました。
その結果、国内の多くの地域でクマ類の分布域が拡大しているのと対照的に、九州のツキノワグマが絶滅した可能性が明らかになるとともに、四国のツキノワグマの危機的な状況が浮き彫りになりました。日本の森林の代表的な生き物で、人間とも関わりの大きなクマを私たちの世代で絶滅させてもよいものかという声が上がり、保護プロジェクトがスタートしました。
保護プロジェクトとは具体的には?
プロジェクトには4つの柱あります。
1つ目は「四国のツキノワグマの状況把握」です。現在、四国内のクマが暮らしている剣山周辺では、自動撮影カメラやクマを傷つけないで体毛を採取するヘア・トラップを用いた調査が行われ、生息数や分布範囲などを調べています。
2つ目に、「四国に暮らす人々の意識を把握すること」にも力を入れています。それは、クマの保護を推進する時、地域の方々の意識や理解がないと難しいからです。
3つ目は「現状を打開するための活動」です。ツキノワグマが残り20頭という危機的な状況の中、捕獲規制や現行保護区などの従来策だけでは保護が間に合わない可能性もあります。万が一の場合に備え、一時的な給餌や飼育下での繁殖・遺伝資源保存などの可能性について検討しています。
そして、4つ目が「普及啓発」です。毎年行っているシンポジウムは、その年の成果を発表する大切なイベントです。特に四国の方にクマの状況を知ってもらいたいので、徳島、高知を中心に開催していますが、全国に情報を発信するため東京でも開催しています。四国内の4つの動物園(とくしま動物園北島建設の森、高知市立わんぱーくこうちアニマルランド、愛媛県立とべ動物園、高知県立のいち動物公園)に協力していただき、園内に普及啓発の看板を設置したり、JBNの貸し出し教材“トランクキット”を用いて一緒にイベントを開催したりもしています。
四国県民はクマが絶滅しそうなことを知らない?
実際にアンケートなど取ると過半数以上の方が現状を知りません。イベントでも「四国のクマがいなくなる寸前」のフレーズに県民の方は大変驚きます。
そもそもクマ被害のニュースはほとんど本州で起こっているので、四国にクマがいることも知らないと思います。だから普及啓発はすごく大切で、地元住民の方にクマの理解や知識に興味を持ってもらいたいです。
普及啓発はうまく進んでいますか?
大変難しい状況です。
特別天然記念物のコウノトリの生息数は、国内地域個体群の絶滅状態から回復してきています。コウノトリの復帰を願う大勢の人々が、いろいろな保全活動を始めた結果だと思っています。コウノトリの餌となる生物が生息できるように配慮した水田で育てた「コウノトリ米」が販売され、そのお米を買うとコウノトリの生息地保全に貢献することができる。というように、コウノトリの保全には一般の方がわかりやすい形で関わることができます。
しかし、クマの保護には皆さまに簡単に実行していただける取り組み、保全につながるような商品など身近なものがありません。なので、四国のツキノワグマに興味を持ってもらった方に「私たちに何ができますか?」と言われても、寄付をすることやその日学んだことを広めること、といったインパクトの弱い提案しかできていません。
問題はありますか?
やはり、地域住民の意識は大切だと思います。四国同様にツキノワグマが絶滅の危機に瀕している台湾や韓国では、熱心な活動により、国民の多くの人がツキノワグマのことを知り、保全に協力するような状況となっています。
特に台湾では、街を歩いていてもツキノワグマの姿をイラストや商品で目にする機会がたくさんあります。"ツキノワグマを守ることが当たり前になるような意識の変化"というのは、どのように活動していけば広まるのか、私たちにできることを模索しています。
もし本腰を入れて保護をするなら保護区を広げるなど、環境省、林野庁など行政の力が必要だと思っています。コウノトリが市民の支持を受けたように、大勢の方がクマに興味を持っていただければ、市民の声が行政を動かすポイントなると思っています。
国の姿勢はいかがでしょうか?
環境省も四国のツキノワグマが絶滅の危機であることは認識しています。しかし、大きな動きはありません。地域の課題として、四国の関連する県が計画を立てて取り組むべきだという考えのようです。県民の理解が進まないことと、予算の伴うクマの保全の活動に、四国の関係県も積極的ではありません。絶滅までカウントダウンは誰が止めるべきでしょうか。
そもそもツキノワグマが絶滅するとどうなるのですか?
自然の生態系は、それを構成する生物がそれぞれ関係しあい、それぞれの役割を持って成り立っています。なので、いなくなっていい種というのはいません。
例えば、ツキノワグマはサクラやミズキなど、木の果実をたくさん食べますが、実の部分と同時に種もそのまま食べます。食べた種は消化されず糞から出てきますので、芽を出すことができます。果実を食べてから、糞をするまでの間にツキノワグマが移動すると、種はもとの場所から離れたところに運んでもらえることになります。そうすると、その植物はいろんな場所に子孫を残せ、森林の世代交代に役立つことなります。
テレビではクマの被害のニュースがよく流れます
基本的にクマは臆病な動物なので、積極的に人を襲うことはありません。しかし、急に近い距離で出会ってしまったり、子グマを連れていると、身を守るために襲うこともあります。また、生ゴミなど放置してある人間の食べ物を覚えると、人との距離が近くなり事故の危険性が高くなります。
養蜂箱を守るために電気柵の設置を支援しています
養蜂箱に近づけず、電気柵の前に居座るクマ
自動撮影カメラを設置し、クマの生息状況を調査しています
貸し出し教材の1つ、ニスで固めたクマの糞
2019年1月に高知県開催したシンポジウム。
林業女子とクマ女子のトークセッション
イベントブースの様子
ツキワグマの毛皮と頭蓋骨の標本
とくしま動物園北島建設の森に設置した普及啓発の看板
飼育員さんが行うワンポイントガイドに参加させていただきました!(わんぱーくこうちアニマルランド)
クマに関する正しい知識を知るための
貸出教材であるトランクキット。
チャリティー専門ファッションブランドJAMMINとのコラボでTシャツ等の販売もしていました。売り上げの一部はJBNが人とクマの間にある軋轢を軽減し、共存できる社会を作っていくための普及啓発や調査のための資金となります