今、あなたの力が必要な理由

vol.4

森と川と海を一つに。人間の心に木を植える~植林を続ける牡蠣漁師の物語~

畠山重篤

畠山重篤さん- Shigeatsu Hatakeyama -

特定非営利活動法人 森は海の恋人 理事長

略歴

  • 昭和18年(1943年)10月7日生まれ
  • 宮城県立気仙沼水産高校卒
  • (有)水山養殖場代表取締役
  • 京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授
  • 特定非営利活動法人森は海の恋人理事長

著書

  • 1994年:『森は海の恋人』北斗出版のち文春文庫
  • 1999年:『漁師が山に木を植える理由』松永勝彦共著 成星出版、『リアスの海辺から』文藝春秋のち文庫
  • 2000年:『漁師さんの森づくり-森は海の恋人-』講談社
  • 2003年:『日本〈汽水〉紀行「森は海の恋人」の世界を尋ねて』文藝春秋
  • 2005年:『カキじいさんとしげぼう』講談社
  • 2006年:『牡蠣礼讃』文春新書
  • 2008年:『鉄が地球温暖化を防ぐ』文藝春秋
  • 2011年:『森・川・海つながるいのち』童心社 (守ってのこそう!いのちつながる日本の自然)
  • 2011年:『鉄は魔法つかい 命と地球をはぐくむ「鉄」物語』絵:スギヤマカナヨ 小学館
  • 2015年:『牡蠣とトランク』ワック出版 絵:パトリック-ルイ・ヴィトン

受賞歴(個人)

  • 1994年:朝日森林文化賞受賞
  • 1999年:「みどりの日」自然環境功労者環境庁長官表彰
  • 2000年:第6回環境水俣賞受賞
  • 2001年:『漁師さんの森づくり』で第48回産経児童出版文化賞JR賞、第50回小学館児童出版文化賞受賞。公益財団法人社会貢献支援財団海の貢献賞受賞
  • 2003年:『日本<汽水>紀行』で第52回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。緑化推進功労者内閣総理大臣表彰
  • 2004年:宮沢賢二イーハトーブ賞受賞、河北文化賞受賞
  • 2011年8月:第33回サントリー地域文化賞受賞 ※NPO法人森は海の恋人として受賞
  • 2012年:国連森林フォーラム フォレスト・ヒーローズ(森の英雄)、第46回吉川英治文化賞受賞、『鉄は魔法つかい』で第59回産経児童出版文化賞産経新聞社賞受賞、第6回モンベル・チャレンジ・アワード受賞
  • 2014年5月:日立環境財団 平成26年度(第41回)「環境賞 審査委員会特別賞」受賞 ※テーマ/「気仙沼市舞根地区における海と生きるまちづくりの実践」 ※NPO法人森は海の恋人として受賞
  • 2015年:第6回KYOTO地球環境の殿堂、第25回みどりの文化賞受賞

牡蠣漁師が植林をはじめて28年

植林を始めた漁師と有名ですが、畠山さんの原点を教えてください

私は昭和18年生まれ、もう72歳になりました。気仙沼水産高校を卒業して家業の牡蠣養殖を継ぎました。当時の海は綺麗で問題はなかった。牡蠣の養殖って種苗を筏にぶら下げておけば、牡蠣はその海のプランクトンを吸い上げて大きくなるわけです。農家と違って肥料を撒かなくても牡蠣は育つので、ある意味効率のいい仕事です。普通であれば。

ところが高度経済成長期の時代がやってきて海が汚れはじめたわけです。牡蠣の餌は植物プランクトンですが、それにも種類があり珪藻類というプランクトンが牡蠣のよい餌となります。しかし海が汚れてくると渦鞭毛藻というプランクトンが発生してくる。それが優先種になってくると、いわゆる赤潮になる。そのような現象はここ宮城だけはなく全国の沿岸にも広がってゆきました。

赤潮を吸った牡蠣はどうなるのでしょう?

牡蠣は餌を選べないわけで赤潮でもなんでも全部吸い込こんでしまいます。通常は牡蠣の身は白いですけど、赤く染まってしまいました。しかもそれは毒々しい赤なんです。だから市場では「血牡蠣」と言われてしまいました。そんな真っ赤な牡蠣なんて気味が悪くて売り物にならないでしょ。築地の市場関係者に赤い牡蠣(柿)は農家に任せろ、なんて冗談をいわれましたよ。

汚染が深刻な時代になり、漁師は商売としてもう駄目だと言う事になって、陸(オカ)に上がり始めた仲間もいました。私も陸(オカ)に上がろうか迷ったのですが、陸にあがってもする事がない。で仲間が集まってこの赤潮にまみれた海をもう一度青い海に取り戻せないかと話合いをしました。この赤潮の原因はどこからくるのか、ここは太平洋に面して沖にいけば行く程、海は綺麗になる。だから沖から原因がくる訳ではない、それまで漁師達は海の方向ばかりみて反対の陸は見えていなかった。それで気仙沼湾に注いでくる川の背景はどうなっているのか調べる事になったんです。

(C)京都大学 益田玲爾
収穫前の大きくなった牡蠣

漁師、海から山へ

どのような調査をしたのですか?

気仙沼湾には大川という二級河川が注いでいます。その川を遡って自分の目で確認するところから始めました。川を遡っていくと、田んぼがあり、そこは水田地帯ですね。母親が農家の出身なので子供の頃はよく、田んぼの手伝いをしていました。当時は魚やゲンゴロウ、ミズスマシなど生き物で溢れかえっていた。しかし、ひさしぶりに見た田んぼはシーンとしている訳です。原因は、除草剤、農薬をまいているから。農家の方に聞くと「分かっているけど今さら手で草をとる訳にはいかない」と聞きました。今まで一次産業者同士でしゃべる事はなかったので、はじめて真剣に農家の方と話したわけです。そしていろいろな方に話を聞いていると今度はダム計画があるという話が分かったわけです。

私は若い時から全国の牡蠣の産地を回りました。そこでダム河口堰が出来ると海が枯れてしまうという状況を見てきた訳です。しかも河口から8キロのところに造るなんてとんでもない事だと思いました。水産加工場から排水もたれ流しで、脂ぎった水がドンドンを流していた。電気洗濯機が出たころですから科学的な洗剤を大量に使ってそれが側溝から海に流れている。昔は下水も整っていず、そのまま海に流してしまっていた。結論として川の流域に人間模様が凝縮されていると感じました。

(C)NPO法人森は海の恋人

山の最上流の森にも大きな問題が?

ではなぜ植林を?

昔は里山と言って雑木林だった訳ですけど、雑木林はお金にならない時代になり、金になる、スギ、ヒノキを植えろという国の拡大造林計画もあり、杉の木ばかりを植えて密生林の山になってしまいました。しかし木材の輸入が自由化され、海外から安い木材が輸入されると価格の差で日本の国産材は太刀打ちできなくなってしまった。売っても赤字になるので山は長年放置され、間伐されない森はだんだん荒れてゆき、土が雨で流されて根がゴツゴツ見えるような山に変化してきました。昔は多少雨が降っても海が濁るという事はなかったのです。雨が降るとたちまち大量の赤茶けた水が海に流れ込み始めたのです。それでわかった事があります。実は、漁師だけでなく、行政サイドも縦割りで自然をトータルで見ていないという事に気がつきました。

原因はわかりましたが、山は県を越えて岩手県にまたがっている。こうなってくると問題があまりに大きくて金も力もない漁師はどうしたらいいのか、しかし手をこまねいて何もしないのでは問題は解決しない。あなた方のゴミ拾いも一緒でしょ。少しばかり拾ったって、しかたがない。結局一番の問題は人の考え方の問題。

川の流域に住んでいる、人達に「森と川と海は繋がっている」事をなんからの形で伝えなければならないと思ったのがキッカケです。

(C)NPO法人森は海の恋人
311東日本大震災で被害をうけた筏

(C)NPO法人森は海の恋人
311東日本大震災で被害をうけた筏

運命の出会いによって科学者の目で環境をみる

ついにスタートですね

いろいろ話し合った結果、川の上流に漁師の山を造ろう、という話になりました。漁師はもともと海に出ると山を目印にしていました。山をみて自分のいる場所を確認する。三角法で三点を見る訳です。そして湾からよく見える。室根山、高さ900メートルでこのへんでは一番高い山、漁師が目印にする一番大事な山をスタートの地にしました。

平成元年九月、気仙沼湾を見下ろす室根山に時ならぬ大漁旗が風になびいた光景は感動ものです。

植樹祭をスタートした当初は科学的根拠は判らなかったわけです。しかし幸運にも北海道大学水産学部の松永勝彦先生に出会い、科学的メカニズムを教えてもらいました。まずは植物プランクトン、海藻の発生と鉄分との関わりを教えてもらいました。基本的に植物は太陽光、二酸化炭素、水で成長しますが、大きくなるには養分が必要です。光合成を行なう葉緑素の正合成に鉄分は不可欠だそうです。つまりは鉄分がなければ植物は成長できない。陸上では土中に鉄分が多いのであまり不足はしませんが海中では酸化して沈下するので極端に少ない。河口域で魚貝類や海藻が多いのは鉄分が川から供給されているから、と言う事を学びました。

「森は海の恋人」いいフレーズですね

流域に住んでいる人々に「森と川と海はひとつ」だと言う事を感じてもらうには、山の人が山に樹を植えてもなんのニュースにもならないけど、漁師が山にスギではなくナラなどの雑木林を作ったら、見てくれるんじゃないだろうかと、今、思えばそんな感じでしたねぇ(笑)

この試みは、どのように人の心を掴むかと言う事が最大の目的ですから、いいスローガンが必要。考えた末に「森は海の恋人」にしました。少しキザでしたが。私たちがスタートさせた時期は丁度、環境に目覚めてきた時で、この事がニュースに流れると全国から反応がありました。京都のお坊さんからよくぞ「森は海の恋人」と言ってくれたと感謝の言葉もいただきましたよ(笑)

この時、川の流域を綺麗にしようと思う方が全国にも大勢いると言う事で、我々は大変力づけられました。

(C)NPO法人森は海の恋人

(C)NPO法人森は海の恋人
毎年行なわれている植樹祭の様子

(C)NPO法人森は海の恋人
植樹祭には大漁旗が風になびく

東京湾、相模湾でも深刻な被害が

磯焼けが問題になっています。鉄分が多い河口には磯焼けはありませんか?

森川海のつながりをちゃんとすると言う事が基本です。この関係を壊すと磯焼けになります。

(C)京都大学 益田玲爾

山に木を植えるけど、この活動は人のこころにも木を植える

平成元年から始まった植林も28年を迎えました

ただの環境運動として活動していたらこんなに長く続かないだろうと思っています。山に翻った大漁旗は当時の新聞の見出しになりましたけど28年たってもそのスローガンは色あせていません。今まで植えた面積もおよそ15ヘクタール樹種は40種類から50種類。トータルで約5万本になります。体験学習で招いたお子さんの数は1万人を超えました。

この試みは教育にも活かせないか?と体験学習のアイディアが浮かびました。漁師は、思ったら早く行動に移すのが特性ですから(笑)すぐに役場や関係各所に交渉し、忘れもしない植林を初めて2年目の5月に森林組合のバスに乗って5年生の子供達が40人ほどやってきました。子供達は海にくるだけでワクワクしてますし、漁師船に乗って沖に行き、牡蠣の養殖の作業の手伝いや牡蠣の殻をむいて食べさせるとか、山に降った雨が山の養分を含み川の水に流れてきて食物連鎖の出発点である植物性プランクトンが生まれる話など、みんな真剣に聞いていました。それはいただいた感想文にも表れ、子供達の文字さえもがイキイキと見えました。まさに教育的効果が抜群です(笑)

木を植えるのも大切だけども、現在の活動の重点は子供達の教育に重点を置いています。

(C)NPO法人森は海の恋人

震災で見えてきたもの

28年間で5万本植えて目に見えて環境は違ってきているのでしょうか?

5万本植えたからと言って変化の証明はなかなか難しいですよ。しかし2011年東日本大震災の津波を経験して確認した事があります。5年前の津波で油タンクも皆一緒くたになって海が真っ黒になってしまった。「これはもう10年くらい駄目かな」と思ったのですが、あっと言う間に海は澄んできたので許可を得て養殖をスタートさせました。

牡蠣は通常2年くらいかけて大きく育てます。ところがお正月すぎくらいに息子が「牡蠣の筏が沈みそうだ」と言ってきたんです。「なんだそれは」と言う事で筏から牡蠣を上げて見ると、殻はそんなに変わらないですが、中身をみるとピンポン球のような大きな身が出来ていたんです。つまり2年かかるところ半年で牡蠣が育った。後日、京都大学が1000年に1度と言われるような大津波のあと自然がどう変性してゆくのか調べたいと調査チームを作って来てくれました。

私が一番心配だったのが、珪藻類がどうなっているか?と言う事です。これさえ生きていれば海は死んでいない。そうしたら「畠山さん安心してください。牡蠣が食べきれないくらいプランクトンがいます」と言ってくれたんです。その言葉で海は健全という事がわかりました。大津波で海全体がかき回されましたよね。海底には陸から流れた養分が蓄積しています。攪拌され水中に出てきた養分チッソ、リンに太陽光があたると発生します。そして問題は「鉄」です。山はなんの被害も無い訳ですから、鉄分は安定的に供給されています。今は震災前より水揚げが増えています。みんな海の生活を取り戻しています。

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

公共事業は川の流域をなるべく自然に近い形で造るような仕組みにしていく事。

選挙の時に候補者の政策をみて投票すること(笑)ゴミの問題もそうですけど、社会のシステムを変えるには選挙はとても大切です。それに川を綺麗にすると言う事は、まさにミネラルウォーターが流れている日本はすごい国なんですよ。

畠山先生の想い

私は実は10年前から京都大学と接点があります。海は水産学、川は河川生態学、農地は農学、山は林学、とそれぞれが独立しています。それをトータル的に見る学問がないという事で、京都大学が「森里海連環学」を立ち上げ研究を進めています。

我々漁師が山に木を植えると言う事は、山から海の河口までちゃんと見ているということ。川の流域の環境さえよくなれば、日本中で魚、海藻、貝類などたくさんとれるようになります。そうすれば寿司が安くなります。米を原料とする酒も消費が伸び米の消費に繋がってゆきます

数年前に有明の海苔の生産者会議でのお話。日本でノリは90億枚出来ます。その内30億枚はコンビニのおにぎり海苔用に出荷されています。おにぎりは海苔1枚の半分を使いますから、約60億個が消費されている計算です。60億個のおにぎりは米の消費量の約15% と言われています。またおにぎりの具材はシャケ、タラコ、筋子、と海のものが多い、おにぎりって海と山の合作なんです。漁師と農家が連携して川の流域を綺麗にすれば米も酒もきっと足りなくなるでしょう。是非そうなって欲しいものです。

気仙沼の沿岸のビルには津波のあとが記されていた

自宅前の木々に浮きや網が引っかかっている。
地上から20メートルの高さ

(C)NPO法人森は海の恋人
牡蠣の収穫をする畠山先生

▼特定非営利活動法人 森は海の恋人 ホームページ
http://www.mori-umi.org/

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com