佐藤さんは何をされていますか?
神奈川県の相模湾に面した葉山と三浦の2箇所でダイビングショップNANAを経営しています。葉山の店舗は13年が経ち、三浦は3年目を迎えました。
なぜ葉山を選んだのでしょうか?
私は葉山で幼稚園卒業まで過ごしました。小学校から東京に引っ越しましたが、高校、大学とヨット部に入っていたので、ほとんどを葉山で過ごした事になります。だから葉山は私にとって、とても愛着がある場所です。
そして、"自分が過ごした葉山の海の紹介をしたい"という想いから、葉山にショップを作りました。長く葉山に住んでいますが、私が子供の頃に過ごした葉山と今の葉山の風景は、基本的にはあまり変わっていません。そこがまた魅力的なところです。
葉山の海の素晴らしさを教えてください
都心から1時間しか離れていないのに、生き物がたくさん暮らしていて生態行動(生き物の産卵や捕食など)に溢れていることであったり、水中に四季があることなどでしょうか。
私たちのダイビングショップの特徴は、「海の中で素敵な写真を撮影してもらうこと」を第一に掲げています。もちろんライセンスの取得や、初心者の方には体験ダイビングなど楽しくガイドさせていただいています。
そして一番の得意分野は、一眼レフのカメラを携えた上級者の方々に、「色で溢れかえっている海底の撮影スポットをご案内すること」を長年続けています。
ダイバーの方が美しい写真を撮れる撮影ポイント探しに時間を費やしたり、珍しい魚を探す事に必死な毎日でしたが、5、6年前からダイビングの仕事をする傍ら、葉山の海に対する考え方が少し変わってきました。
考え方が変わったんですか?
はい!年のせいでしょうか(笑)
正直、昔は環境の変化に気がついても、アクションを起こそうとはあまり思っていませんでしたが、最近は長く潜り続けた葉山の海に心から愛着が湧き、海に対する接し方や考え方が変わってきました。
微力な事は百も承知なのですが、「私なりにできることはなんだろう」と考えるようになり、今では多くの環境活動に協力し、また自ら企画をしています。そして「今の私」は「昔の私」と比べて、心から活動に参加していると実感しています。
葉山の海に変化について教えてください
13年前は、アカモクやホンダワラなど、海藻が群生したとても豊かな海でした。その光景は水底から水面まで体躯が長く伸び、ダイビングをすると、まるで海藻の森の中を泳いでいる感覚になるほどでしたが、今は見る影もなく、アカモクやホンダワラは激減してしまいました。
理由はなんでしょうか?
色々なことが考えられます。ウニやアイゴという魚が食べてしまう「食害」。もしくは、海藻類は基本的に水温の低い冬場に成長するのですが、近年の夏の高温化によって冬までに水温が下がり切らなくなり、しっかり生育できない環境になったと考えています。
また、ダイバーである私個人の考えとしては、台風の大型化が大きな原因だとも推測しています。10年前の葉山では、台風が来ても沿岸や海の中にそんなに大きな被害は出ませんでした。
しかし現在は、年に1〜2回の台風の影響で水中の岩も移動させてしまうほどの、ものすごい大きな台風が直撃するようになり、藻類はタネごと流されてしまい、冬に発芽できない事が一番の理由だと考えています。
では、葉山の海底は何もないのですか?
水面まで成長する海藻は激減しましたが、面白いことにアカモク、ホンダワラなどがいなくなってしまうと、そこには必ず違う種類の海藻が生えてきます。海藻類の生存競争は凄まじく、絶え間なく生育できる場を探しています。アカモクなどがなくなった場所には、環境に適合したワカメがたくさん生えています。種の交代は悪いことばかりではないです。
現在の葉山の海は「海藻の森」から「ワカメの森」になってしまいました。それと、「ウニ」が増えてきました。ウニは高級な食材なので増える事は良いイメージだと思いますが、私たちダイバーからすると海藻を食べてしまう悪いイメージしかないんです。
なぜウニが増えているのでしょうか?
ウニは夜行性ですが、食料である海藻が減り、ダイバーの目につく昼間も食料探しが必要な状況になりました。海藻を食べてしまうウニを減らすために、ダイバー達が年に数回集まり、ウニを潰します。これを「ウニ潰し」と言います。
しかし潰す作業にも限界があり、全てを潰すには葉山のダイバーだけでは足りません。もし人間の力で本気で減らすことを考えると、漁師さんがウニを獲って売ってくれることが一番いい方法です。しかし、あまり食料のない海で育ったウニは身が痩せていて商売にならず、漁師さんは獲らないという悪循環に陥っている状況です。
魚は減少していますか?
海藻が目に見えて減っていく時期が数年続きましたが、この勢いで減り続けると海藻がなくなってしまうんじゃないかと心配しました。
藻場は「海のゆりかご」と言われ、小魚や小エビが住処とし、その小魚を食べる中型魚が集まり、それを捕獲する大型魚がやってくるなど、バランスよく魚が集まります。しかし、その場所を失うことで魚が減ると思っていたら、「増えたワカメ」に小魚やエビが隠れたりと、魚たちは知恵を使って別の隠れ家を見つけて生活していました。だから、ダイバーである私の目で見たところ、魚はそこまで減っているとは感じません。
しかし、漁師目線で見ると明らかに魚が減っていると聞きます。サザエやアワビをはじめ、網にかかる魚が少なくなったと言うのです。この現象は、どこの漁港でも同じだそうです。海藻が減った事により貝も減ったと思いますが、私の推測では温暖化による水温の上昇などが一番の理由かと思います。
具体的に環境活動とは?
アカモク、ホンダワラ以外にもカジメという海藻が激減しました。そのカジメを増やすために、タネを撒く活動をしています。カジメは海の中に胞子を散らす季節があり、その季節にタネを撒いたところ、昨年は生えてなかった場所にカジメが生えてきました。
我々が撒いたことが理由なのか、他のことが要因なのか、海はそんなに単純ではないので判らないのですが、見事に復活して嬉しかったです。
あと「ぱーこ先生と学ぶ相模湾」という私たちが制作しているYoutubeチャンネルがあり、小さい子供に相模湾の生き物を伝える番組を作っています。最近はよくTVなどでニュースになっている「子供たちの海離れ」に心を痛め、ダイバー目線で少しでも食い止めることができればと思い、チャンネルを作りました。ぜひチャンネル登録をしてもらいたいです。
https://www.youtube.com/channel/UCgMO5-XIHFCGP85UJmwcU7w
また、NPO法人海さくらさんと一緒に活動している「海創造プロジェクト」でのアマモ再生のお手伝いは、私たちにとって大切な環境活動の一環です。
アマモ再生ですか?
友人が代表を務める「NPO法人海さくら」が、2015年から江の島でアマモの再生にチャレンジしています。そのお手伝いを企画発足当時からさせていただいています。県、漁港から許可等が下りた2018年からアマモを植えています。
1代目アマモは全て流されてしまいましたが、昨年11月に植えた2代目アマモは無事に成長して、小さい藻場を形成しました。
すると、そこにコウイカが卵を産み付けました。本当に小さい藻場ですが、産卵場所に困るほど海藻が減っている表れだと思います。孵化の瞬間には立ち会うことはできませんでしたが、とても嬉しく感じました。
しかし、その一ヵ月後に確認に行くと、全てのアマモがなくなっていました。とても残念でしたが、今後、葉山でも積極的にアマモの再生に向けて尽力していきたいと思っています。
夢はありますか?
葉山の海はどこからでも、タンクがあれば潜れてしまいます。それはよく言えば「自由」、悪くいうと「無法地帯」のエリアになっています。しかも、それを良しとする風潮もあるので、なかなか意思の疎通ができていません。その状況を統括できる「葉山ダイビングセンター」を作ることが私の夢です。
ダイバー達を統括する施設があると、潜る前に登録するため、もし万が一ダイバーが海から戻ってこなかったら、至急の対応として漁師さんと一緒に素早く捜索を開始できるなど、葉山の安全が整い、葉山が活性化します。ダイビングで有名な伊豆を追いつき、追い越せ、というぐらいの素敵なダイビングポイントになれば最高ですね。
葉山ダイビングセンターをどのような場所にしたいですか?
葉山ダイビングセンターができたら、例えば、漁師さんが獲ってきた新鮮な魚介類の直売所を作ったり、地元の魚や野菜を使った地産地消のレストランがあって、そこにはいつもダイバーの方が集い、葉山の海の起点になればと思います。
漁師さんと良好な関係なんですね
実は他のダイビングスポットでは、漁師さんとダイバーが仲の良い関係を構築できている場所は少ないです。葉山では6年前、ボートダイビングがスタートする機会にお互いに話し合ってルールを決めたおかげで、ダイバーと漁師さんは良い関係を保っています。これからも漁師さんとしっかり手を組んでいきたいと思います。
今までなかったのが不思議ですね
そうですね。しかし、私がお金を出して、私の想いだけで葉山ダイビングセンターを作るのでは意味がありません。やはり、町、漁師さん、ダイバーのみんなで一緒に作る事に意味があります。
最近では、みんなの力を集結させて「建設しよう」という話はあるのですが、大きな動きになってくるので言うほど簡単ではありません。しかし、着々とみんなの想いはまとまりつつあります。