竹田さんは何をされていますか?
私はキーン・ジャパンの代表者です。肩書きはジェネラルマネージャーで、日本の会社で例えると「社長」になりますが、社長という言葉はあまり好きではないため、アメリカの会社に例えジェネラルマネージャーとさせていただいています。
“キーン・ジャパン”とはどのような会社ですか?
私たちは環境に配慮した靴やサンダルを販売するアウトドア・フットウェアのブランドです。アメリカ・オレゴン州ポートランドの本社を起点にカナダ、オランダ、日本と3カ国に支社があります。
キーン本社の創業は2003年で、日本では翌04年から伊藤忠商事の子会社が日本の代理店として販売をスタートしました。その後、2013年に直接資本に変わりキーン・ジャパン合同会社が創設されました。当初は社員4人からのスタートで、現在は約60人のスタッフが働いています。まだ創業6年の若い会社です。
商品はどのような特徴がありますか?
キーンの製品はアメリカ、カンボジア、中国、インド、メキシコ、フィリピン、タイなど、世界中で生産されています。どの国で生産するかにかかわらず、製造工程は環境に配慮しています。しかし、製品を製造する過程でどうしても環境に負荷をかけてしまうため、その影響を少しでも軽減するための努力を積み重ねています。やるべきことは山積みですが、より良い結果を求め高度なテクノロジーや環境に優しい工場で、安全で環境に優しいサステナブルな素材・工程で製造しています。
どのようなことに配慮していますか?
環境に対する取り組みは多岐にわたりますが、例えば、我々が契約している革の工場では化学物質や廃棄物の管理、エネルギー消費、二酸化炭素の排出、水処理といった主要分野で製革工場の環境対策を監査しているLWG(レザーワーキンググループ)の認証を受けた製革所からレザーを調達しています。
革をなめす過程は約20工程があります。その際、大量の水やエネルギー、化学薬品が使われますが、その工場では加工で使用された汚水を複数回濾過し、化学反応の応用で不純物を取り除き、最終的に飲用に適するレベルの綺麗な水にしたのちに、再度なめし加工に水を循環しています。大量の水を最初の工程から最後まで適切に処理することにより、環境と人体に配慮しています。
御社はCSRに力を入れ、特に西表島で活動を積極的に進めていると聞きました
西表島の豊かな自然と文化を「明日」に継承していくために、一人一人ができることを考え行動していくプロジェクト「Us 4 IRIOMOTE」を今年の4月に正式にスタートしました。準備には1年を費やし、この企画を始動するにあたり島民の皆さんにお話を聞きました。
島民の皆さんは、それぞれの方法で自然環境の保全などに尽力されていますが、島民の何倍もの観光客が訪れるこの島では、私たちツーリスト自身も自然を楽しみながら、“次世代に自然と文化を残していくためにできること”に参加していかなくてはならないと気づいたのです。地元の団体さんや行政と協力しあいながら、それぞれが持っているスキルを持ち寄り、この島が持つ課題に取り組んでいければと思っています。
どのような活動でしょうか?
NPOや任意団体に助成金を出し、イリオモテヤマネコの交通事故ゼロを目指す活動やビーチクリーン活動、マイボトル給水所を普及させる活動の支援しています。また、Us 4 IRIOMOTE 独自の活動として、ビーチの漂着ゴミを利用してアートを創る参加型環境保全活動、環境配慮プログラムの普及活動、西表島を舞台にしたドキュメンタリー映画の製作などしています。
どのような方がこのプロジェクトに関わっているのでしょうか?
ドキュメンタリー映画を監督していただいている写真家で映像作家の仲程長治さん、プロデューサーの松島由布子さん等と一緒に事務局を運営しています。
西表島でパートナーとなっていただいている皆さんも魅力的な方が大勢いらっしゃいますよ。
例えば、アドバイザー的に色々お世話になっている石垣金星さん・昭子さんご夫婦。旦那さんの金星さんのことを、僕は西表島のボブマーリーと呼んでいます(笑)。すごいオーラの方で三線の弾き語をするなど、八重山民謡を伝承されています。奥様の昭子さんは世界中からお弟子さんが集まる染織家で、西表島に自生する植物を使った織物は世界でも評価が高いです。
長年ビーチクリーンを継続する「西表エコプロジェクト」の森本孝房さんは伝説のガイドさんとして有名です。そして、イリオモテヤマネコの交通事故防止活動を続ける「やまねこパトロール」の高山雄介さんは、希少なイリオモテヤマネコを守るために尽力されています。他にもたくさんの方にご協力いただいています。
「Us 4 IRIOMOTE」を始めたきっかけを教えてください
2017年10月に撮影のため西表島に訪れていた時、日本にまだ素晴らしい自然が残っていることに感動しました。この時、ガイドさんからこの島の大きな課題を二つ伺ったことがきっかけになりました。
その一つが、固有亜種であるイリオモテヤマネコの交通事故問題(ロードキル)でした。現在、西表島には約100個体しかいないと言われています。しかし2016年に6頭が事故で死亡し、そのうちの1頭は妊娠中でお腹には2頭の子猫がいました。2018年はさらに過去最悪の事故発生件数を更新し、9頭が事故に遭い死亡するという現実があります。イリオモテヤマネコはこの島で生態系のトップに君臨してるため、いなくなってしまうと島の生態系が崩れてしまう深刻な状況になることが予想されます。
もう一つは、観光客が許容量以上に押し寄せる、いわゆるオーバーツーリズムの懸念です。実はいま、西表島が世界自然遺産にノミネートされているのですが、世界自然遺産に認定されることに関し、多くの島民の方々は大きな懸念を抱いています。
世界の事例を見ると、世界自然遺産に登録された後に、オーバーツーリズムに陥った例がいくつもあるからなんです。例えば、1993年に屋久島が世界自然遺産に登録されましたが、登録後から観光客が押し寄せました。その結果、縄文杉周辺の踏みつけや登山道の荒廃、トイレの問題が浮上してきました。もし、登録によって爆発的に観光客が増えたら、この島はどうなってしまうのか、島民が心配していることを聞いたのがきっかけとなりました。
具体的な活動は?
イリオモテヤマネコの図柄がモチーフされた3色のフットウェア『UNEEK EVO(ユニーク エヴォ)』の売上の10%寄付をはじめ、Us 4 IRIOMOTE オリジナルのTシャツ、ボトルなどのチャリティ・グッズの売上の一部、また企業からの協賛金、個人からの寄付などを元に、Us 4 IRIOMOTE 基金を設立しました。基金を元に前述の様な様々な活動を展開しています。
また、これから西表島に行くツーリストに向け、「エシカル・ツーリズム」を提唱し、啓蒙活動を行っています。
近年、「エシカル」という言葉が浸透してきていますが、簡単にいうと、私たちが享受するモノやコトが、生産者自身にも自然環境にも配慮されているかを消費者自身が見極め、選択し、社会的課題の解決に貢献していくという考え方です。その考え方を“旅”にも当てはめ、観光によって地域に起こる課題に目を向け、現地の自然環境や文化にリスペクトを持って観光するスタイル広めたいと考えています。
また、島の文化を継承する石垣金星・昭子夫妻をはじめ、島の文化や自然を守る人びとを追うドキュメンタリー映画の製作も進めていて、2020年の公開を予定しています。
※予告編はこちら:https://www.youtube.com/watch?v=O7HBDQGzMiY&feature=youtu.be
その他にどのような問題がありますか?
美しい海岸に、大量に漂着する海洋ゴミの問題も深刻です。世界的にも問題になっていますが、その多くがプラスチックゴミです。特に太陽光の強い、西表を始めとする南の島では、5ミリ以下のマイクロプラスチックになる速度が早く、回収は絶望的ともいわれています。
そこで、Us 4 IRIOMOTE では、年間30万人という西表島への観光客に、マイクロプラスチックを楽しみながら拾ってもらう仕掛けを考えました。それが、「YAMANEKO 530 ART」です。西表島をはじめとする八重山の諸島を訪れた観光客が「できる範囲」で小さなプラスチックごみを少しずつ持ち帰り、石垣港離島ターミナル内の平田観光チケットカウンター横に設置するアートスタンドに入れていくことで、ソーシャルアート作品を“みんなでつくる”プロジェクトです。
アート展示には他言語での解説を設け、国内外からのツーリストに、西表島と世界が直面する「海洋プラスチックごみ」という課題について知っていただく訴求を行っています。
西表島の自然は、東洋のガラパゴスに例えられるほどです。仲間川のマングローブの群落は日本最大ですし、「イリオモテヤマネコ」や「ヤエヤマセマルハコガメ」などの希少生物も生息しています。生態学的にも特別なこの島の自然を次世代に繋いでいきたいと考えています。
自然保護以外に自然災害の支援活動もされていますね
はい。緊急災害支援は、KEENの社会貢献の原点ともいえます。水害や土砂災害で全て流されてしまった方々に靴を提供したり、現地で活躍される災害復興支援ボランティアの方々に安全靴の提供をしたりしています。
寄付については、日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、海外ではポピュラーな「マッチングペイ」という仕組を取り入れています。これは、どなたかが千円寄付すると我々も同額の千円を寄付するというシステムです。2016年の熊本地震では総額600万円を、2017年の九州北部豪雨災害では総額400万円を、2018年の西日本豪雨では総額1,400万円を寄付させていただくことができました。
災害が増え、被害の規模も大きくなっていますね
今年の秋も大きな災害が続きました。9月には、豪雨災害により工場用の油が大量に流出した佐賀県大町町地域にキーンの社員十人ほどが現地に伺い、ボランティア活動や、靴の提供、炊き出しなども行いました。10月には宮城の丸森町でのボランティア活動にも参加してきました。今回の災害は被害が大きいため、今後も継続的に社員のボランティア活動を推奨していきたいと思っています。
また、台風15号・19号で被災された地域の支援活動を目的とし、1,000万円を寄付目標としたマッチングペイをスタートしました。
※詳細はこちら:https://www.keenfootwear.com/ja-jp/blog-article-137861103.html
この数年、気候変動の影響で災害も大型化しているため、その状況を踏まえて今後は「備え」について何かできないか考えています。周りに被災者が出た場合、支えることができるように最低限の知恵や経験を積み重ねること、大きな災害が来る前に備えることが大切だと思います。
キーン・ジャパンの取り組みはキーンの本社や他国の支社も知っているのですか?
はい、知っています。世界中どこでも活動の理念は一緒です。キーン本社が創業した2003年にフィリピンでスマトラ沖大地震が起きました。世界最悪の犠牲者を出した津波です。その支援をしたことを機にキーンでは災害支援をし続けています。
なぜアウトドアメーカーのキーンはそこまで災害支援に積極的なんですか?
創業者ローリー・ファーストが2003年にKEEN創業と同時に発表した水陸両用サンダル「Newport(ニューポート)」が世界中で大ヒットし、翌シーズンはマーケティング予算が日本円で1億円ほど用意できました。ちょうどその予算会議の時期に、スマトラ沖大地震が起きたのです。
大勢の被災者の姿を目の当たりにしたローリーは「広告に1億円も使っている場合ではない」という想いから、その予算を全て寄付に回し、そして寄付したことを広告にしたのです。それが我々キーンの災害支援のスタートでした。
竹田さんもその考え方に賛同してキーンの仲間になったんですか?
私は全然違う仕事をしていましたが、災害支援は個人のボランティア活動として東日本大震災から続けていました。きっかけは2011年東日本大震災で、石巻の河北の避難所で炊き出しボランティアをしました。
機会があり創業者のローリーさんに会う機会に恵まれ、今お伝えしたエピソードを聞いて、そのような会社で一緒に働いてみたいなというのが直接のきっかけです。
今後の活動予定はありますか?
災害支援に関しては先ほどお伝えした通り、災害に備えたり、知識を増やすなど考えています。ボランティアも不足しているため、特に技術系のボランティアを増やしたい。
また、アウトドアブランドがここまで災害支援に力を入れるには訳があります。被災をするということは、普通の生活から急にアウトドアに投げ出されてしまうことなんです。突然、電気や水もない生活を強いられるわけですから、我々アウトドアブランドとして協力できることはしてゆきたいと思っています。