今、あなたの力が必要な理由

vol.48

CO2削減「みえる化」で目指す脱炭素社会~LCAがこれからの未来を支える~

伊坪徳宏

伊坪徳宏さん- Norihiro Itsudo -

東京都市大学環境情報学研究科長環境学部 教授

東京都市大学(旧 武蔵工業大学)環境学部教授、同大学院環境情報学研究科長。

1970年2月21日生まれ。
1998年東京大学工学系研究科材料学専攻修了卒業、博士(工学)。

1998年から社団法人産業環境管理協会において経済産業省LCA国家プロジェクトでライフサイクル影響評価手法を開発。
2001年から独立行政法人産業技術総合研究所ライフサイクルアセスメント研究センターにおいて環境影響評価手法LIMEの開発と産業界への応用研究に従事。

2005年から東京都市大学(旧 武蔵工業大学)環境情報学部准教授。
2013年から東京都市大学(旧 武蔵工業大学)環境学部教授。
2016年から同大学院環境情報学研究科長。

※東京都市大学 伊坪徳宏研究室ホームページ>

伊坪先生は何をされていますか?

東京都市大学環境学部で環境経営を中心に教育と研究をしております。また、大学院では研究科長を担当しています。

東京大学工学系研究科材料学専攻博士課程修了後、産業環境管理協会という政府と産業界の橋渡しをする組織にて、LCA(ライフサイクルアセスメント)の国家プロジェクトを推進する業務を三年担当しました。その後、研究機関である産業技術総合研究所において、LCAの評価手法の開発研究に従事しました。以降は東京都市大学(当時は武蔵工業大学)に籍を移してLCAを中心とした製品やサービスの環境評価に関わる研究を学生とともに実践しています。

先生の研究されているLCAとは何でしょうか?

LCA(ライフサイクルアセスメント)は製品やサービスの一生(製品のゆりかごから墓場まで)にかかる環境負荷を定量的にはかるための評価方法です。

例えば、ある製品の環境負荷を考えた場合、もし効率が悪く製造されていると多くのCO2が排出されます。そこで製品の製造から運搬までの全過程のCO2排出量を見直し、さらに使用後のリサイクルの有無も計算することで全体の環境負荷がわかります。

またリサイクル後に使える資源を次の製品に活用することを明確に示すこともLCAの役目の一つでもあります。LCAは 企業の環境マネジメントを構築する手法として国際的に認められており、実施手順はISO(国際標準規格)に規定されています。

そのLCAを先生が開発されたと聞きました

はい。僕が開発に着手をした23年前は、欧州やアメリカでは似たような研究をされている方もいましたが、日本では環境影響を評価する手法はありませんでした。

そこで僕は評価手法の開発は研究がベースになるため、どうしても理論が先行してしまい、出来上がった評価手法が難しく使えないのでは意味がないので、評価手法を皆さんに利用してもらえることを念頭に置いて開発しました。

先生はなぜLCAに興味を持たれたのでしょうか?

僕は大学院のマスターの時に、新しい素材を開発する材料科学を専攻し、強度が高く、かつ、脆くない複合材料を作る研究をしていました。

ちょうどその頃、僕の恩師が「エコマテリアル」に注目し、環境に対する負荷を下げる材料の特性や機能を見出す提案をされたのをきっかけに、僕も新しいリサイクル素材作りに挑戦しました。2年間の研究である素材を作りましたが、その素材の材料が本当に環境負荷が低いのかを検証しなければならないと思い、その材料の環境負荷を自分で測ったのが最初になります。

ご自身で環境負荷を測った?

当時は材料の環境情報が少ないため、環境負荷のことがわからないにも関わらず、「環境に優しい」というフレーズを多く耳にしました。しかし仮に新しい素材が作れたとしても、本当に環境負荷が下がったのかを検証しないと「環境に優しい」と公言できません。

そのため一つの尺度から包括的に評価できるデータが必要と考え、LCAの環境負荷をテーマにした研究を着手しました。

LCAの評価について

LCAは様々なものの環境影響について評価をします。例えばカーボンフットプリントは『商品のライフサイクル全体で排出された温室効果ガスを二酸化炭素の排出量に換算して「見える化」する仕組みの一つ 』です。これにより生産者や環境負荷の低い製品を開発し、消費者がより低炭素な消費生活へ改革していくことができます。

また大気汚染、水質汚染、富栄養化に関する分析をすることで、水域に関する評価や水資源に関する評価をするウォーターフットプリント『原材料の栽培・生産から廃棄・リサイクルまでのライフサイクル全体で、直接的・間接的に消費・汚染された水の量を定量的に算定する』を活用して自社の水利用を把握できます。

さらにバーチャルウォーターは『食料を輸入している国(消費国)において、輸入食料を生産時に、どの程度の水が必要かを推定したもの』、例えば日本の場合、他の国々に比べて水問題を深刻に捉えておらず、水に対して強い認識はあまり高くない現状を踏まえ、僕たちが今まで蓄積したデータベースと、これまでの経験と評価手法を使って、従来のシステムに比べてどれだけ環境負荷を下げることができるか評価するわけです。

水資源もLCAで測ることができますね

日本のカロリー自給率は4割程度です。食品の多くを海外から輸入をしています。例えばアメリカから小麦。中国、インドから綿花。水産物をタイからなどの輸入品は、その生産にすべて水を必要としています。しかしアメリカでは深刻な地下水不足により、このままだと水源が枯渇をするという話もあります。

また綿花類も水が不足している地域で育てた製品を輸入し日本で活用した場合の環境負荷の3割から4割が海外の水資源に頼っている計算になります。我々日本人はその問題に気がつかず、世界中から集まってくる製品を使っているというわけです。

水問題に目を向けることが大切なんですね

LCAを利用すると、地球規模の水問題を理解することだけではなく、新しいビジネスチャンスが生まれます。例えば中国の水問題を解決するために、日本から新たな技術を使ったビジネスの供給や、また化学薬品企業が感染症リスクに対応する製品を供給できれば、海外の水問題に貢献することができます。

生活に身近な問題としてフードロスを削減することにより、海外の水資源に頼る部分を少なくすることもでき、そのように生活者1人1人の考え方が大切になってきます。

そのようなことがわかってくるとどうなりますか?

本当に削減できるのか科学的エビデンス(根拠)が必要になります。それには研究者の研究論文などが国際的な科学雑誌に掲載され、製品の良さと合わせて科学的承認を得ることが大切です。

LCAで測った製品、サービスの科学的エビデンスが取れればグリーン購入法『持続可能な発展による循環型社会の形成を目指し、供給面だけでなく、国等が自ら率先して環境物品等を優先的購入することで需要面からも環境物品等の市場を促進することを目的に、2000年5月に制定された国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律』の促進にも繋がります。

企業側が先生たちに依頼をしてくるのですか?

新しい技術が本当に環境負荷を削減できるのかを、LCAで評価をしてほしいと依頼がきます。今、一緒に実施しているエプソンが使用済みの紙類を回収してオフィス内で再生紙を作る製品を開発しました。その製品は紙の購入を大幅に削減することだけではなく、再生紙を作る時に使う大量の水資源も節約できるためトータルとして水の消費を大きく下げることができるのです。

これらの開発は先生を筆頭に学生さんが調査しているんですね

はい。学生はプレッシャーになることもあると思います。ただやりがいを持って活動している学生が多いので、私としてはこのようなプロジェクトに関われることは良い機会だと思っています。

LCAを活用すればより環境問題が明確になる団体はありますか?

従来の製品については、電気、自動車、建築、食品、サービスについて世界をリードするあらゆる産業界で、すでにLCAは導入されています。プロサッカーチームや展示会などでも実施されています。

そんなに普及しているんですね

そうです。これからは将来の技術に対し論議されると思います。例えば、太陽光パネルも今のシリコンをベースではなく、もっと薄膜で自由に曲げることができ、どこでも貼れるような太陽光発電など、新しい技術に対してきっちりとLCAが利用されるでしょう。

また日本はこれから水素化社会を目指しますが、まだLCAで評価されていません。ただ新しい技術をLC Aで評価をすると、生産性が悪い初期の段階では、どうしても悪い評価で出てしまい、その技術の環境負荷が悪いと決めつけられがちですが、そうではなく、技術を改善して、良いところを融合しながら量産効果を出し、イノベーションの積み重ねることによって改善と予測をしなければなりません。

LCAを活用して、想像より環境が悪かった団体などありますか?

例えば第2回目の東京マラソンは環境をテーマにしたいと依頼を受けました。そこでLCAに関する専門家と東京マラソンの話になったところ、ランナーが吸って吐く二酸化酸素の方が多いだろうという笑話もあります。

私は参加者の移動で出るCO2が多いと予想していました。なんせ参加者が3万人。海外からも大勢参加します。ここで環境負荷は9割くらいという感覚でしたが、よく観察すると主催者が多くの備品を使用していることがわかりました。計測装置や、大きなゲートや横断幕、ボランティアも大勢配備され、配布物もたくさんありました。

これらをすべて積みあげると、主催者側だけで2,000トンもあり、参加者の移動で排出された二酸化炭素、約2,000トンと合わせて約5,000トンのCO2の排出量が東京マラソンの結果となりました。やはり目に見えない負荷は相応にあると強く理解をしました。

他のイベントはいかがでしょうか?

東京マラソンの経験をもとにいろんなイベント評価の必要性を感じ計測することになりました。あるイベントブースでは、3、4メートルあるような天板も終了後にそのままゴミ取集車に入れてしまう。いろんなものが1回の使用で捨てられた結果、そのイベントの環境負荷は全体で4,000トンになり、東京マラソンとあまり変わらない数字が結果として出ました。

しかし主催者側も環境負荷の問題をよく理解いただき、翌年から今まで1冊にまとめていたCSR関係のリポートを1枚のリーフレットに変えて配ることや、QRコードで情報を共有するなど工夫してくれました。そして大きく変わったことは、天板、柱などリースにしたことで 数百トンのCO2が下がり環境負荷は大きく改善されました。

世界中でLCAで測ったら、環境意識もずいぶん変わりますか?

世界では経済的にも影響のある国や企業が中心で行われています。一方で環境影響という視点に立つと途上国の方が影響が大きく、大気汚染も水質汚染にしても、気候変動における被害は途上国で多く発生します。

途上国で環境影響を下げる視点をこれから先進国で考えなくてはなりません。そのような意識を明快に示すことができれば、各国もさらに削減するという意識も出てくると思います。

個人でLCAを利用できますか?

僕の研究室のHPを見ていただくと一番下のバナーに106製品のLCAの情報を公開しています。自分で使用する製品の環境負荷がわかれば購入する時の参考になります。

また情報が少ないと思ったらメーカーに問い合わせてください。メーカーはHPなどで対応しています。生産の段階でどのような配慮がされているのか聞き、回答があれば真摯に対応してくれる企業だと思います。

しかし、ただ聞くだけでは効率が良くありません。どの部分に注目すれば良いのかは評価結果をヒントにしていただければと思います。
伊坪研究室データベース:https://www.comm.tcu.ac.jp/itsubo-lab/research/database/index.html

伊坪研究室の卒業生たち

講演中の伊坪先生

東京マラソン取材中の伊坪先生

エコプロダクツ展において研究活動を鳩山元首相に説明

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

僕たちのHPでベータベースを見ていただければ、例えば食品、携帯、家電などの環境負荷がわかります。それを見ることによって今、自分がどのくらいの環境負荷をかけているかわかります。環境問題の解決は皆さんが自分ごとにすることが大事だと思いますので、是非利用してみてください。

伊坪さんの想い

僕は欲張りなので、研究者、教育者として両方の活動をしっかりやりたいと思っています。 研究者の視点としては、日本は評価手法はかなり幅広く産業界などで利用されていますが、しかし途上国では十分な活用はされていない状況なので途上国と同じ標準的な評価手法を早く作りたいです。それができれば途上国、先進国共に同じ評価軸の元で環境について議論できるようになります。

また教育者として思うことは、LCAは教育のツールとしてよくできています。例えばデータを集めるための文献を調査、現状の問題を認識し、調査をするためのコミュニュケーション能力も必要になりますし、集めたデータを分析解析をし判断する能力を身につけ、研究結果を発表するプレゼン力も必要になります。

そのようにLCAを学ぶことにより、いろいろな能力、知識を身につけた学生が全ての業界で活躍してほしいです。

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com