今、あなたの力が必要な理由

vol.57

イエバエを使った自然の力で、有機廃棄物問題を解決~大きな改革につながるか!? 昆虫バイオテクノロジー~

流郷綾乃

流郷綾乃さん- Ayano Ryugo -

株式会社ムスカ 元代表取締役CEO

ベンチャー企業の広報として活躍後、フリーランスの広報として独立し、スタートアップや大企業に対してブランディングからマーケティングまで一貫した広報戦略コンサルティングを提供。
2017年11月、広報戦略としてムスカに参画。18年7月に代表取締役暫定CEOに就任。19年4月に代表取締役CEOに就任。20年11月に代表取締役CEO退任。

流郷さんは何をされていますか?

ムスカはイエバエの生態やテクノロジーを使い、社会に貢献していく昆虫ビジネスの会社です。ハエって結構イメージが悪いでしょう? ある意味ゴキブリと同じくらいネガティブなイメージはあります。私たちは事業を進めていく上で、このネガティブなイメージを少しでも払拭し、改めてハエや昆虫の再定義が必要だと考えています。

人類の生きる4億年以上前から昆虫類は変わらず地球上に存在しています。それは地球上で彼らの役割があるから存在し続けている訳です。ハエは自然の大きな括りの中で見てみると非常に面白いので、大勢の方々に昆虫テクノロジーという事業を通して、地球や自然を考えてもらうことを進めていました。

ムスカはどのような会社でしょうか?

私たちのビジョンは地球を次世代に残して行くことです。その1歩としてハエを利用し、そこから供給される資源で循環型社会をうまく機能させ、持続可能な社会形成を目的としています。さらにもっと先にある「サーキュラーエコノミー」を実現していかなければ、本質的な持続可能な社会にはならないと考え、それを解決するには昆虫テクノロジーが必要だと信じています。

※サーキュラーエコノミーとは?
資源循環の効率化だけでなく、原材料に依存せず、既存の製品や有休資産の活用などによって価値創造の最大化を図る経済システム

どのようにハエを活用するのでしょうか?

シンプルにお伝えすると、動物から出る排泄物等の有機廃棄物をイエバエの力で資源に変えていく取り組みです。特殊なトレーの上に、例えば豚糞を流し入れます。豚糞は70〜80%と水分量が多くビチャビチャな状態です。そこにイエバエの卵を置くと、約8時間後に孵化した幼虫は消化酵素によって豚糞を分解していきます。やがて成長した幼虫がサナギになるため、土の中から外に這い出る習性を応用し、幼虫と分解された堆肥を仕分ける仕組みです。

そして残った分解物は堆肥となり、ハエの幼虫はボイルをして乾燥、魚や動物の飼料になります。そして画期的なことは、この工程を約1週間で完了することです。実は既存の処理方法は、環境省が決めている規制に基づくと完成までに約3ヶ月とされていますが、それではまだ未熟な状態です。本当に良い肥料を作ろうと思ったら、1年間くらいかけて、しっかり完熟させなければいけません。しかし、ハエを利用すると約1週間で完成するのです。

どのような肥料、飼料ができますか?

飼料は抗菌性が高く、その耐病性付与効果は抗生物質の代わりになるような効果と思ってください。また、飼料に食いつく力の誘引効果も実証されています。養殖の稚魚は食いつきが悪いため、成長率が悪くて死んでしまうこともあります。しかし、この飼料は誘引効果が非常に高いのですごく食いつきがよく、残さず食べてしまいます。肥料に関しては宮崎大学の論文にも出ていますが、抗菌性というものが認められています。

幼虫の消化酵素で分解されるというお話をしましたが、その消化酵素が良い働きをしているのだろうと言われています。例えば、野菜がかかりやすい病気を抑制する効果が出ています。

※飼料食いつきの動画:https://www.youtube.com/watch?v=ud1beAj3INQ

農薬を散布しないで済む環境に優しい飼料ですね

現在は家畜や魚などの飼料は魚粉が多く使用されてます。しかし原材料である片口鰯やアジなどの乱獲により、資源が枯渇し漁獲制限も厳しくなってきています。そのため、動物性タンパク質を必要とする魚や家畜の飼料にも影響が出始め、価格も安定しないことなどが問題になっています。

さらには2050年にかけて世界人口が爆発的に増えると予測される中で、供給できなくなる恐れも懸念されており、それをタンパク質危機と言ったりします。その危機的な魚粉の代替飼料として、昆虫タンパクが必要になると思っています。さらに、昆虫を活用した飼料は単なる代替品ではなく、地球に優しく、機能性も優れているため世界各国が注目しています。

なぜハエなのでしょうか?

我々は自然界のハエの力を応用しているだけです。例えば、山林などに落ちている動物の糞にハエが卵を産み、そこで孵化して幼虫になるわけです。その幼虫が糞を食べ、消化酵素で分解した分解物、つまり幼虫のウンチはとても良い肥料になります。そして幼虫、サナギ、成虫、その過程の中で鳥や魚に食べられているわけです。その循環が機能すれば、土壌を豊かにするサイクルを作ることができて、昆虫の飼料を作ることができるのです。まさに自然で行われていることの応用です。

ハエの力はすごいですね

そうです。我々のハエは少し特殊な選別交配をしています。例えば、足が早い馬の血統を合わせてサラブレッド化した馬を作りますが、それと全く一緒で、サラブレッド化したイエバエに育てるため、高速培養技術を駆使して過密空間でストレス耐性に強い、イエバエの種を作っています。現在まで1200世代の選別交配したハエの種を保有しています。

※選別交配とは
優秀な個体同士を何世代にもわたって交配させてより綺麗な個体を作る繁殖技術

どのようなことが目標ですか?

世界では人口が増え続け、2050年に97億人と予想されています。2019年のレポートでは飢餓人口も増え、すでに食料不足は始まり、このままでは食が破綻すると考えています。さらに人口が増えると廃棄物も増え、より環境に負荷がかかります。それを解決するには大きなイノベーション(改革)が必要です。

しかし、ゴミを燃やして処理をするとCO2が放出されるため、今までとは違う考え方で自然と共生していかなければなりません。そこで我々は昆虫を活かし、新たなシステムでイノベーションを起こし、構造自体を変えてゆくという、大きな課題に対する挑戦をしています。

日本の状況はいかがでしょうか?

平成28年度の農水相の統計によると、年間約640万トンのフードロス、食品廃棄物は約2700万トンも排出されています。

もっと根本的なことを考えると、皆さんは家畜の肉を食べていて、その家畜からの排泄物が年間約8000万トン排出されています。現在は開放型の堆肥処理システムを使い、微生物の発酵で処理されています。これは排泄物が空気に触れることで発酵促進され堆肥に変化するのですが、このやり方ではアンモニアやメタンガスを外気中に放出させながら長い時間をかけて処理をしているので、環境にも悪影響です。

実は日本では98%がこの処理で行われ、残りの2%がバイオガス発電やバイオマス発電とされていますが、コストもかかりますし、残渣が残る問題もあります。しかしイエバエを活用すると1週間の処理で済み、環境負荷を軽減できます。イエバエ自身が窒素分等を吸収し、余計なアンモニア、メタンガス、窒素など外気中への排出されることなく分解されます。

いいことしかないですね

人間から見て不衛生なところに住んでいる昆虫は細菌、雑菌に強く耐菌性があります。特に昆虫の外骨格がキチンキトサン質できていて、これはエビ、カニの甲羅に含まれる抗菌ペプチドというタンパク質と同じもので、身体を守る抗菌成分があるとされています。このような成分が医薬、サプリメントに役立つのでは、と世界の昆虫テクノロジーを関わる人たちは関心を寄せています。

しかし日本でもまだ産業がない現状ですので、私たちが産業に育てたいと思っています。

産業にまで発展させますか?

畜産業にとって家畜の排泄物やゲップは環境に負荷をかけている存在です。微生物で処理をして豊かに循環を回せば良いのですが、微生物だけでは処理しきれません。そのため、その産業に合わせた別の産業を作る。例えば畜産と昆虫と、双方のバランスを整えることで、循環させ持続可能なものまで発展させたいと考えています。

ハエに興味があったのですか?

私はもともとは昆虫に疎い人間で、ハエ自体も好きではありませんでした。以前の私はフリーでPRのコンサルタントの仕事をしており、その案件の一つがムスカでした。経営者がこの技術を支え続けていることに尊敬の念を抱き、2017年11月に入社をしようと決めました。

可能性が大いにある会社ですね

すごく面白い分野だと思います。日本の政府が提唱している「ゼロカーボン」は、アンモニアやメタンなどが放出する畜糞も関わってくる話ですが、今のままでは大きな改革が起きない限り実現できない目標設定だと思っています。

問題はありますか?

飼料、肥料の世界は規制が多くあります。大枠の規制は環境省が決めて、そこから地方自治体に落ちて行きます。しかし新しいテクノロジーに対し判断に時間がかかるので、そのスピード感は世界の中では劣っていると思います。

オランダなどではゴミの資源化や、その資源の活用に注力し、国をあげて昆虫テクノロジーを進めています。また、日本の社会が環境に対する成熟度が高まっていくことが、この技術を広めていくために非常に重要だと思っています。

しかし幼虫を食べて育った鶏や魚に拒否感を示す消費者もいるなど、まだそこに大きな壁があり、消費者のマインドの変化が大きな課題だと思います。

住人の理解が大切ですね

消費者のマインドが成熟していると、環境に配慮した工場も理解もされやすいのだと思います。例えば「ハエの幼虫施設」を作りたいと思っても、周辺住人がどこまで納得するか正直わかりません。

悪臭が問題となっているエリアも多く、それがイエバエを活用したシステムを導入することで発生を抑えられます。そういうことをきちんと住民に伝えて、ハエがたくさんいる「ハエの工場」と思われないように、周辺の住民の理解が最重要だと考えています。

豚糞は工場に運び込む?

そのような場合もあるかもしれませんが、例えば豚舎と工場が隣接していることが望ましいです。畜産は広大な敷地を持っている場合が多いので、隣接する形でファクトリーを作り糞をハエで処理をして、そこでできた飼料や堆肥を肥料メーカに出荷するか、もしくは地域の循環に貢献してゆくのがベストだと思っています。

ムスカのリサイクルシステム

分解フローの図解

ムスカ飼料・肥料

ムスカ肥料

ムスカ飼料

飼料食いつきの比較

イエバエの幼虫

イエバエ

選別交配

宮崎のラボ

いえはえの碑

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

ちょっとハエっていいやつじゃん。とイメージを持っていただけたら嬉しいですね。ハエが「このような役割を地球上で持っている」と、少しでも理解が深まればと思います。ハエや昆虫の再定義ができると思うんです。それができれば今後の環境に対する考え方も少しは変わるかもしれません。

流郷さんの想い

私には仕事を選ぶ基準が有ります。子どもたちが80歳になった時、この事業が面白い、役に立つと思われている仕事をしたいんです。その頃にはもういい大人で、私の子どもも自分の孫がいたりするかもしれない時に、面白いと思われている事業ってすごく意義があるなと思います。

今後の予定

2017年に入社し、2018年から代表取締役として、この事業の魅力や将来性を含めて説明し、株式会社ムスカ並びに昆虫テクノロジーの社会的な認知度向上に従事していきました。おかげさまで様々な賞を受賞し、このような形でメディアにも取り上げていただき、事業を成長させるでその一端は担えたと思っております。私自身はムスカとしての役割を終えて、次のステージとして次世代の子どもたちに向けて大人がやるべきことを熟考し、資源・生態系・環境などの持続性にも取り組み、人間社会の持続可能な発展性に貢献する、そんなより良い未来にフォーカスを当てた企業を増やして育てていく仕事を今後やっていきたいと思っています。

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com