後藤さんは何をされていますか?
私は「樹木医」、木のお医者さんをしています。文字通り樹木の病気や怪我を治す仕事です。天然記念物の樹木、街路樹、個人宅の大切な樹木や企業の緑地等の診断、治療をしています。出身地である熊本県の女性として樹木医第一号の認定を受け、診断を始めて今年で20年になります。2007年、東京に拠点を移し新事務所「木風KOFU」を開設しました。
「木風KOFU」とはどのような会社ですか
樹木の診断治療をメインに、個人から企業公共緑に関することを幅広く対応しています。スタッフのほとんどが女性で、コロナ禍前から完全テレワークの体制で業務を行っています。
具体的にはどのような治療をしますか?
まずは外観診断から始めます。これは樹木の健康状態を外から見て診断する方法です。樹木の健康状態は葉の色や数、空洞や外傷の有無、害虫の発生など外観に表れています。
樹木にとって、根は樹体の維持や養分水分の吸収に不可欠な重要な器官です。もし根が腐っている場合、枝先が枯れたりするので、外観診断で異常を見つけて原因を探ることが大切です。
外観をしっかり見ることが大切ですね
はい。樹木の治療は診断結果に基づき様々な治療を行いますが、特に重要なのは土壌の状態です。樹木治療の中で、土壌の物理性と科学性の改善はとても重要です。土壌改良を行う際に、根を掘り出して腐った部分を取り除き処置を行う場合があります。根の腐れは深刻な樹勢の衰退を招き、幹へ広がれば倒木の危険性も増大します。
そこで腐朽部には、できるだけ腐朽が進行しないよう、除去した後には傷口を保護する薬剤を塗布し、新しい根が出るように発根促進剤も添加します。
いろいろな治療がありますね
樹木は本来の自然樹形が力学的にも一番安定し健全な状態です。私たちは自然樹形を大事にした剪定を行っています。治療に関しても、空洞部にコンクリートなどの充填物を詰めると、かえって湿気がこもり腐朽が拡大してしまいます。そのため、腐朽部や空洞の処置は、主に樹の防御層を傷つけないよう除去し、その後殺菌乾燥を行い、殺菌剤を塗布するなどの処置を行い経過を見ます。
もし専門家以外に樹木の治療をお願いする場合は、空洞や腐朽部を間違った処置で症状を悪化させているケースがあるので、注意して依頼してください。
今までに何本の木を治療してきたのでしょうか?
治療した樹木の正確な数はカウントしていません。
私たちが診断に使用しているドイツのアーガス社製、樹木の非破壊診断装置ピスカは、樹木を痛めることなく樹木の内部の状態を診断できます。幹周りにモジュールと釘による打診点を取り付け、それらを軽くたたき、音波の伝わる速度の違いによって木部の腐朽の度合いを計測し画像化するシステムです。この機材を使って、これまで3000本以上の樹木を診断してきました。
景観の保全も担われていますか?
そうですね。地域の景観作りも私たちの大切な仕事です。美しい景観は資産価値を高め、心を豊かにしてくれます。私たちは「樹木の力で世界を豊かに美しく平和に」という理念の元、景観に配慮した保全は勿論、四季を通した調査や熟練した技術者による管理を行い、持続性のある景観づくりを目指しています。
私たちの最終的な目標として、世界中の樹木がより活性化されると、そこには雇用が生まれ、経済的に豊かになります。そうすると今のような世界中の紛争も減るのではないかと思っています。
日本の森林の現状をどのように捉えていますか?
日本の森林は荒廃が進んでいると思っています。大きな原因としては、林業が非常に疲弊しているからです。昨今、若者たちの林業への進出によって活性化は進みつつありますが、まだ補助金に頼っている状況でもあり、根本的な解決に至っているとは思っていません。
その影響もあり、これまでも多くの巨樹古木が失われてきました。人は木々がなければ生きていくことができません。森林の減少や地球温暖化などの環境問題を解決し、人の生活を守ることが大切だと感じています。
そして『人と樹木の安全で快適な環境を創るお手伝いをすること』が樹木医の仕事だと考えています。
例えば樹木医がいない世界だったらどうなってしまうのでしょうか?
面白い質問ですね。実は樹木医の制度が確立されてから、まだ30年くらいと歴史は短いです。今までのスパンで考えると、もし我々が存在していなかったとしても大きな変化はなかったと思います。
しかし将来の地球環境のことを考えると、樹木医がいなければ、より地球温暖化が促進されて、人々が暮らしづらい世の中になってしまうと推測します。
樹木医さんは全国に何人いますか?
全国の登録者数は約2900人くらいだと思います。しかし、この仕事に従事している人の数はほんの僅かです。副業を持ちながら従事している人の割合は約20%とされています。
私たちのように専業にしている人の割合はさらに低く5%という数字があります。まだまだ活躍する場が少ない職業だと言っていいでしょう。
なぜ活躍の場が少ないのでしょうか?
やはり「木」のお医者さんという職業は、まだ理解されていないのだと思います。造園業と勘違いされている方も多いですし、そもそも木を「治療する」という発想がないのかもしれませんね。
例えば、ペットは昨今のブームに相まって獣医さんのニーズが高まったと思うのですが、樹木はそのようなこともありません。まずは世間に少しでも認知されることが先決だと思っています。
樹木医さんが仕事として成り立てば緑の保全にも繋がる?
人々が安全に美しい緑の中で暮らせる環境に近づくかもしれません。それには「緑」や「樹木」に対して、正しい知識と理解が広がることが大切だと感じています。
少し前に女性アイドルグループを模した「JJK48」という、女性の樹木医さんや技術者さんで作るネットワークを主催していました。男性が多い樹木医の世界でも、女性が活躍していることを知るきっかけになればと思い立ち上げたのですが、批判的な話が出てきてしまい現在は休止状態です。
しかし、将来的に違う形で活動を再開したいと思っています。
この職業を目指す若い方にメッセージはありますか?
樹木医の仕事はまだ少ないので、就職先を探すのは苦労するかもしれません。いろいろな経験が樹木医には必要なので、チャンスがあれば選り好みしないでトライしてみてください。
街路樹診断の場合などは100本、200本と診察することもあるので、樹木医に体力は必須です。また、データを集めて分析し、顧客や役所に提出する報告書を作るため、現場作業の体力とオフィスワークの知力の両方が必要になります。
樹木医の観点から気になっている問題はありますか?
日本の公園では、管理を請け負ってる業者の方々が「落ち葉」を集めて廃棄される場合がほとんどで、一部は堆肥化されているようですが行き届いていません。
「落ち葉」をすぐに片付けてしまうと、その土地は裸地化して、土が固まり、ヒートアイランド現象の原因にもなりかねません。それに落ち葉は栄養分が豊富なので、良い土壌の循環を保つためには、落ち葉はそのまま土に還った方が良いと考えます。
しかし街中の落ち葉は少し意味が違ってきます。邪魔者とされる街路樹の落ち葉を集め、堆肥化して販売する仕組みが確立できれば、シルバー世代の方や障害者の雇用にも繋がるかもしれないと考えています。どなたか落ち葉を回収し活用されている方をご存知でしたら教えてください。
私たちが知らない現実がたくさんありますね。他に問題はありますか?
実は外来種の昆虫が日本で猛威をふるい、日本の野山の松をたくさん枯らしています。原因は色々あるのですが、海外からの輸入品と一緒に持ち込まれる外来昆虫が原因だと言われています。
最近では「クビアカツヤカミキリ」という外来昆虫が、梅、桃、リンゴなどのサクラ類の果樹に加害しているため経済的損失も大きい問題です。
また、外来種ではないのですが「カシノナガキクイムシ」というナラ類に加害する虫の被害が、神奈川県の鎌倉や箱根で広がっています。
いつから始まったのでしょう?
「カシノナガキクイムシ」の問題は約50年以上前から起きています。理由の一つには、日本人の生活様式が変わったことが挙げられます。薪や炭を使わなくなった影響で、伐採される予定だったカシやナラが山に残り、それに虫が取り付いて枯らしてしまう。自然のサイクルのひとつかもしれませんが、一度にたくさんの木々が枯れてしまうと土砂災害に繋がってしまうので危険です。
ご自身では環境ボランティア活動などもされていますか?
私は仕事自体が環境貢献活動だと思っているので、特別に環境ボランティア活動はしていません。しかし桜並木の保存など、環境に関するイベントは数回開催しています。その一環として、剪定した木々を砕いて煮出して作る防虫効果の高い「草木染め」のオリジナル足袋をネットで販売する予定です。
私たちは樹木の力で社会を豊かにし、最終的には関係する皆さんと良好な関係を作りたいと願っています。
海外事業も進めていると伺いました
2018年から、ベトナム国で竹製の筒型土壌改良材ブレスパイプを現地生産するプロジェクトを開始しています。発展途上国での農業技術支援を通して現地の雇用を高め、特に女性や子供の生活向上に貢献できる社会貢献事業も進めています。