今、あなたの力が必要な理由

vol.61

バイオセメントでアマモ場の再生を!~和歌山県から新しい技術でチャレンジ~

楠部真崇

楠部真崇さん- Masataka Kusube -

和歌山工業高等専門学校 生物応用化学科 准教授・博士(工学)

2005年:徳島大学大学院修了(博士(工学))
2012年:スクリップス海洋研究所 在外研究員
現在、和歌山工業高等専門学校生物応用化学科 准教授

▼受賞歴

  • ・2017年:エスペック環境研究奨励賞
  • ・2018年:わかやま環境賞特別賞
  • ・2018年:マリンテックグランプリ最優秀賞、三井化学賞

楠部先生は何をされていますか?

「微生物」に関する研究を行っています。私の研究対象は「極限環境微生物」という少し変わった場所に生育している細菌の調査です。代表的なものは、マリアナ海溝で生きている深海微生物の研究です。現在、学術論文で報告されている細菌の中で最も高い圧力を好む菌株(学名:コリベリア属マリニマニエ種)は我々が発見した新種の細菌です。その細菌はマリアナ海溝チャレンジャー海淵から単離(たんり)してきた株です。この研究では、なぜ、1,000気圧という非常に高い圧力環境で生きることができるのか? 生命の不思議を解き明かすことを研究対象としています。

もう一つは、微生物同士の関わりを調べることです。例えば、江戸時代から続く老舗の醤油蔵があるとします。そこで創業当時から使用される木桶には長年生き続けている耐塩性の微生物群集(フローラ)がいるわけです。製造過程で発酵する醪(もろみ)はそこに生きる多くの微生物の代謝が複雑に関わり合い、蔵特有の伝統的な風味が生成されている訳です。この代謝物の中には、健康に良い物質も含まれていて、食文化や発酵文化を支えられるようにデータ収集しています。

アマモ場の砂にも多くの微生物が関わっていて、アマモ場造成に不可欠な微生物を特定しています。つまり、私の仕事は特殊な環境で生育する微生物について詳しく調査研究し、学問や社会に成果を還元することです。

先生のお勤めする工業高等専門学校とはどのような学校ですか?

工業高等専門学校(高専)は、高校と大学を合わせたような高等教育機関です。設立当時は、日本の高度経済成長を支えるため、仕事現場で即戦力となる人材の育成を目的としていました。現在でもその志は受け継がれ、地域の発展に根差した課題発掘および解決能力を育成する教育カリキュラムに発展しています。

バイオセメントとはどのようなものでしょうか?

バイオセメントは海洋性細菌の力を借りて、海砂を固めたものです。海洋性細菌は尿素を分解することで炭酸イオンを作ります。その炭酸イオンは水中のカルシウムイオンと自然に反応して炭酸カルシウムを作り出します。海砂粒子の間で炭酸カルシウムを作ることで、炭酸カルシウムが接着剤の役割をして海砂を固めることができます。バイオセメントのコンセプトは、海の微生物で海の砂を固め、海に戻すことにあります。

なぜ現在のような形なのでしょうか?

今までいろいろな改良を重ね、現在は約1センチの球状に落ち着きました。最初は円筒型を製作しましたが、成形に必要な型枠の準備や製造時間と労力が大きな負担になり大量生産できていませんでした。社会実装のためには、大量生産が必要不可欠でした。

ラッキーなことに、ある展示会でコンクリートのミキシング装置を製造販売している企業と知り合い、砂と水を「ミキシング」する際に時々「ダマ」なる事を伺いました。この条件を応用すればアマモ種子を入れた「バイオセメントの玉」を形成できるのでは? と試したところ、粒状のバイオセメントを作ることに成功しました。

バイオセメントを始めたきっかけはなんでしょうか?

和歌山県白浜町に円月島という風光明美な島があります。その島には文字通りシンボリックな「円」をかたどる岩が名所となっています。しかし、長年の波と風の腐食により崩落の危険性があるため、現在は海側から補強工事をしている状況です。この課題解決をターゲットに学生の自由実験を開始しました。

学生と一緒に考えていたところ「バイオミネラリゼーション」という技術を、同じ高専の環境都市工学科の先生に教えてもらいました。それは微生物の酵素の力で砂を固める技術で、地盤改良や液状化の対策に10年以上前から研究されていた、土木業界では比較的新しい技術でした。

私は微生物学の専門家でしたが、このような応用例を初めて知り、衝撃を受けたことを覚えています。人工物のセメントを使わずに、微生物の力で砂が固化できるのなら、自然な形で環境を汚す事なく円月島を補強できると考えたわけです。

名所の修復を想定する発想でスタートしたのですね

文化庁と和歌山県の許可を取り、円月島で崩落した砂を採取し実験をスタートしました。円月島から想定している微生物が単離でき、円月島の砂を固める実験に成功しました。実験的に技術的な問題はクリアしましたが、残念ながら現実的に補強工事に採用されるには様々な承認を得る必要があるため、我々にはとてもハードルが高いことを知りました。この技術を実装的に使うため、考えたのが海洋環境保全である「アマモ場再生」でした。

すごいですね。「岩からアマモ」発想の転換ですね

はい。つまり海の砂を海の微生物で固めれば、海中で崩れても海の砂に戻るだけなので、海を汚さずに再生できる確信がありました。海中でバイオセメントからアマモが発芽する時、植物の成長する力によってバイオセメントが崩れ、元の砂に戻りつつアマモ場が持続可能に形成される。それを想定して研究室の水槽で実験をしたところ、見事にバイオセメント崩壊アマモの発芽が確認されたので、直ちに海での実装実験を決めました。

今まで何回アマモを植えているのでしょうか?

今までの実装実験は3回です。初年度の実施規模は小さく、種子数十粒からスタートしました。昨年は2万粒採取できたので、3回目となる昨年12月には、1メートル四方の囲いの中に(1000〜5000粒)を沈設しました。しかし、残念なことに全滅した状況です。その場所には現在2、3本しか生えていない状態です。

・アマモ沈設の様子①:https://www.youtube.com/watch?v=W9BhiHI6o8Y
・アマモ沈設の様子②:https://www.youtube.com/watch?v=sJ8wat145eo
・アマモの光合成①:https://www.youtube.com/watch?v=FO_pHcqHVnA
・アマモの光合成②:https://www.youtube.com/watch?v=b1HDPjtbsMA

全滅ですか!!

はい。残念ながら! 原因として3つの要因を推測しています。一つはセメントが硬すぎたことだと思っています。海中で少しでも球状を維持して欲しいとの願いから硬めに作りましたが、それが硬すぎたのでしょう。

また、昨年冬は水温が下がらなかったため発芽のスイッチングが機能しなかったと考えています。観察してみると、近くに自生している天然アマモの発芽状況も悪く、今年はスカスカな状態です。例年ならある程度のアマモ密度があるのですが、水中で何かが起こっている可能性があります。これまでの結果をもとにして、現在は発芽率や定着率などの問題解決の糸口を探っている状態です。

種はどこから調達していますか?

近くに大きな港が2カ所あり、一番北側の場所に群生する天然のアマモ場の種を採取しています。南側の港に群生するアマモ場は10年前まで最も密度が高かったのですが、今は皆無です。近隣の漁師の方のお話では、台風の時に抜けてしまったアマモが拡散され、年によって群生の場所が移動しているようだ、とおっしゃっていました。

なぜアマモに着目したのでしょうか?

まず、アマモの育成はブルーカーボン活動の理解が得やすく、研究予算や活動資金獲得のための説明がしやすかったからです。最近になって、カーボンクレジットなどカーボンサイクルに関する話題が大きく取り上げられ、首都圏だけでなく関西圏も大きく関わってくることを想定しました。

アマモは「種子」の管理ができ、扱いやすく定量的な評価が容易なため、実験や研究に適していることも大きな要因です。最終的には、漁業関係者に直接還元をすることを想定し、胞子で増えるヒロメやヒジキなどへの横展開を考えています。

今まで、どのような挑戦をして、どのような失敗をしてきたのですか?

「失敗」というのは、あきらめた時に使う言葉だと思っています。想定外の結果はキリがないくらい出てきますが、それは別に問題ではなく、その後どういう挑戦をするのかという事に意味を持たせています。

例えば、初めて種を撒く時にタイミングが分からず人間の都合で8月や9月に設定しました。一緒に研究している学生も同行するため、事故の危険がない穏やかな季節を選びました。ところが、自然が相手だということを完全に失念していたため、2018年の台風20号に根こそぎゴッソリと持っていかれました。

翌年は2月に撒き、アマモの発芽を確認したので学生と喜んでいたのですが、潜って生長具合を確認していると、アマモ場の一部だけ円形脱毛症のように抜けていることを確認しました。潮目で抜けたというよりは、物理的に抜かれているような感じだったので、よくよく観察してみると、船のアンカーが海底をワイパーの様に擦り、その影響で抜けていたことがわかりました。それ以後は影響のないところで行っています。

アマモの粒を沈めると、潮の影響で流されませんか?

着底したら砂地に埋まるように、シールズ数という計算で見積もりを出しているので、強い潮や大きな台風さえ来なければ、ある程度その場所に留まっています。海中で若干の移動は確認していますが、現在のところ問題ありません。

和歌山の海にはアマモが自生していた?

岩礁が多い地域なので、アマモはそんなにないと思います。ホンダワラとか、アカモクなど海藻系が多い印象があります。

バイオセメントを欲しいと方に有償、無償で譲ってもらえますか?

実は製造する装置を我々が持ってないため、今はそこまで考えていません。共同研究などから、一緒に海洋環境保全を行っていただければ提供は可能です。我々も異なる海域でのデータやアマモ場造成を望んでいますので、是非ご連絡ください。

私たちでもバイオセメントお団子は作れるのでしょうか?

今のところ研究段階のため、バイオセメントは他の人が作ることができません。ただし、何年かかるかわかりませんが、誰でも手軽に作れるようにと考え始めています。

バイオセメントはもっと広がって欲しいですね

はい!個人はもちろん、環境保全団体などにも広がって欲しいです。環境問題に投資を考えている企業との連携も視野にした展開のマネージメントが必要と考えています。

しかし、そこには「生物拡散防止」の壁があります。要するに、和歌山の海で採取した「微生物」や「種」を他の地域で使うことで生態系を崩すことは許されないという考えです。海洋環境保全と銘打って活動しているのに、生態系バランスを壊すのは本末転倒ですよね。

なので、日本のブルーカーボン活動で使うことができるアマモの標準株を作ること計画をしています。ソメイヨシノが全国に広がっているように、アマモが全国の沿岸に広がればいいなと夢を描いています。

このバイオセメントは他の海のアマモの種を入れても環境・海に問題ないのでしょうか?

先ほどお伝えした通り、植える場所の細菌でバイオセメントを作り、元の海域に戻すのであれば問題ありません。固化には若干の微粒子が必要なので、蠣殻粉末の石灰を加えますが、それも海由来の物質なので、海に戻しても問題ないように設計しています。

素晴らしい技術ですね

本当に大勢の方々から反響があり期待されていますが、我々はこの技術を確立しているわけではありません。アマモが100%増えるのかというと、そうではない現実があります。先日、地域と連携したアマモ場造成について相談がありました。我々の技術だけでアマモ場が再生できるとは限らないことを説明し、実績のある方法を交えたアマモ場造成の必要性を理解していただきました。初年度は持続可能な核となるアマモ場を作り、次年度から徐々に広げていくこと提案したところです。

まだ途上の技術ですね

例えば、種を「生分解性プラスチックのポット」で育てる方法で、アマモを増やしている環境団体もあります。「アマモ場」を作ることを最終のゴールとするなら、一つの方法に拘らず、様々な技術を総合して多様性のあるチャレンジをしたいです。

これまで先輩方が培ってきた重要な知見やデータにならない感覚などは、一緒に取り組ませていただく中で、是非教えていただきたいところです。

今後の夢はありますか?

海が大好きな子供を増やしたいです。キザな言い方ですが、自然や地球に対して思いやりのある人間に育てば、おのずと自然や地球との関わりも変化してくると信じています。

和歌山工業高等専門学校正面

自然のアマモが群生している近所の漁港

約1センチのバイオセメントのお団子

初めて作ったバイオセメント、初代は円筒型

海中から回収した、発芽に失敗したバイオセメント

アマモ場の黒色底質

海中作業の様子

沈設の様子(その1)

沈設の様子(その2)

発芽したアマモの観察

20センチ丈まで生長したアマモ

種を付けたアマモ

アマモ場で泳ぐツバメウオ

アマモ場に隠れていたマダコ

バイオセメントから発芽したアマモ

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

もっと海に目を向けて欲しいと思っています。世界規模で実施したSDGsのアンケートがあります。SDGs 14項目「海の豊かさを守ろう」は、最も関心が低く、驚愕の5%でした。地球の表面積の7割が海です。率直に低すぎると感じています。もっとグローバルな視点で海に関心を持っていただき、行動に移していただけたら嬉しいです。100年という歳月をかけて汚してしまった環境は100年かけて戻すしかありません。

楠部先生の想い

「海は地球の血液」だと思っています。海が汚れると地球も汚れてしまう。海流が滞ると生命の循環が止まる。当然、それらの悪影響は生き物にも出てくるので、キレイな海を保つ仕組みを考え、次の世代にバトンを渡せるような活動を続けて行きたいと思っています。

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com