松本さんは、どのような活動をされているのですか?
私は東京にある私立成城学園中学校高等学校で保健体育科の教員を軸とし、公益財団法人日本ライフセービング協会で教育本部長を務めています。
成城学園にはライフセービングクラブがあり、基本的には私も一ライフセーバーとして生徒と一緒にトレーニングを行っています。学生の頃の私は「ライフセービングをしている人」でしたが、教員となってからは「ライフセービングを通じて学校や社会に対して何ができるか」を常に考え、体現していきたいと思っています。教員である以上は、生徒の命に寄り添い守るという視点からも、生涯ライフセーバーであり続けたいと思っています。
日本の水辺の安全教育をより楽しく実践的なものとし、子ども達の事故予防における行動変容にまで落とし込めるような教育効果と、水辺の文化を創造していきたいと思っています。一方、一人の教員だけの力では限界があると感じています。公益財団法人日本ライフセービング協会の役割にそれを重ね、多くの同じ志ある指導員との関わりや関係省庁との連携を深め、前進していきたいと思っています。
公益財団法人日本ライフセービング協会(以下JLA)とはなんでしょうか?
「JLA」は国際ライフセービング連盟に加盟する日本で唯一の団体です。海岸をはじめとする全国の水辺の事故防止に向けた安全教育、監視、救助、防災、防災教育、環境保全など、ライフセービングの普及、啓発及び発展に関する事業を行い、国民の皆さまの安全かつ快適な水辺の利用に寄与することを目指しています。
現在では26の都道府県にJLAの拠点があり、全国146クラブ、212ヶ所の海岸で活動を行っています。212ヶ所というと多いと思われるかもしれませんが、日本には1176ヶ所(海上保安庁調べ)もの海水浴場があります。
つまり、そのうちの約2割にも満たない数なのです。その2割の海水浴場だけでも1シーズンに心肺蘇生が必要な溺水事故が20~30件、救助が必要な溺水事故は2,000~3,000件、応急手当てについては10,000~20,000件、毎年起きているのです。これらの数字は公的救助機関の統計には含まれていません。
JLAは今後も夏の海水浴に限らず、多様化する海浜利用やレジャー等を鑑み、オールシーズンで海岸の安全を担っていくこともビジョンとし、国への働きかけと同時に、ライフセーバーの育成にも力を入れていきます。
具体的にはどのような活動をされていますか?
大きな柱が三つあります。一つ目は「救助」です。水辺の事故「ゼロ」を目指すため、安全をしっかりと見守る監視、救助の体制を確立すること。つまり、いざという時のために、その生命を救う救助体制を全国の海岸に広げていくことが大きな活動です。
しかし、それより重要となるのが、二つ目の「教育」です。その水辺で遊ぶ、生活する、すべての人がその危険性を正しく理解し、自分の身を守る手段を知ることなど、水辺の安全教育が最も重要です。
海水浴に訪れたお客さまが安全に楽しんでいただけるように、事故を“未然”に防ぐことがライフセービングの本質です。「救う」より「守る」が一番重要なのです。「救う」では、既に溺れという苦しみが生じてしまっていますから。そうならないための“真の未然”が「教育」にあるのです。つまり、「救う」「守る」のさらに前に位置する「伝える」が鍵だという考え方になります。
三つ目は「スポーツ」です。ビーチフラッグスという競技をご存知でしょうか。あの競技は、助けを求めている人に見立てたバトンに向かって、一直線に救助の手を差し伸べることを意味しています。他の種目も全て救助を想定した意味合いを持っているのです。つまり、勝敗や記録を超えて、助ける命への限りない挑戦がライフセービングスポーツにはあるのです。
子ども達には、スポーツとしての入り口からライフセービングに興味を持っていただくことで、その先にある人の命の最前線に立つライフセーバーの魅力や、使命感に繋げていければと考えています。このようにJLAの活動は「救助救命」「教育」「スポーツ」と三つの活動が軸になっています。
そもそも松本さんとライフセービングの出会いは何だったのでしょうか?
日本体育大学のライフセービングクラブへの入部がきっかけでした。実は高校推薦を経て大学に入学が決まっていたので、中高と続けてきたバレー部に所属することが決まっていたのです。
ある時、友達がライフセービング部の説明会に参加するというので、それに付き合う感じで一緒に出席しました。その説明会で「あなたは大切な人の命を救えますか?」という問いかけを耳にします。「バレーボールは一所懸命やってきたけど、人の命は救えないな...」と、僕は大きなショックを受けました。本来ならバレー部に所属することが鉄則でしたので、母校の先生たちへの謝罪と「ライフセービングをやりたい」という自分の気持ちを素直に伝えました。当時の日体大では許されない行為ですよね。
しかし、一度きりの人生です。後悔したくありませんでした。まさに人生のターニングポイントです。その時にライフセービングへの覚悟が備わったと思います。寛容に受け止めて下さったコーチには今でも感謝しています。
入部した後は当然、苦労の連続です。特に水泳は苦手で50m泳ぐのがやっとでした。泳ぐ速度も遅いため、後ろから追いついてきた先輩は僕を沈め、その上を追い越して先に行きました。とても悔しい思いをしましたが、僕よりもその先輩の方が溺れている人にいち早くたどり着けるわけですから、命を救う確率は絶対にその先輩の方が高いということです。
その経験があったからこそ、4年間、まさに無我夢中でライフセービングに向き合えました。ライフセービングの師、いや人生の師ともいえる小峯先生と出会い、3年次には280名の部員をとりまとめる主将に任命いただいた経験は、今の僕の礎です。
活動されていて、記憶に残っていることはありますか?
少し昔の話になりますが、海で監視活動をしている時に、臨海学校中の遠泳事故に直面しました。
沖合約200mの地点から手漕ぎボートが浜に向かってきます。僕らにはボートの底に横たわっている子どもの姿は見えませんでした。浜に到着して先生が「ライフセーバー!!」と叫び、その時初めて子どもを搬送してきたのだと気づいたのです。必死の救命活動を行ったのですが、残念ながらその子の命を救うことができませんでした。心肺蘇生をしながらも、お母さんが縫い付けてくれたであろう水着の名札が今でも目に焼き付いています。
とても大きなショックを受けました。この大好きな海で一つの尊い命を守ることが出来なかったのです。その子の命を繋げるために、今の自分には何ができるのかを考え続けました。
どのようなことを考えたのでしょう?
教育者として日本の水辺の安全を教育体制含め、しっかりと整えなければならないと強く思うようになりました。教員となり、直ぐに成城学園の授業としてライフセービングを取り入れることから始めました。さらに成城学園の伝統行事である「海の学校」のプログラム改革にも踏み切ります。自分の学校で出来ないことを他へ伝えられるはずがない、との一心でした。
ライフセービングクラブも大学と高校に立ち上げ、志ある生徒、学生が毎年集まってくれました。多い時で大学・高校合わせて80名にもなります。一人一人が資格を取得し、ライフセーバーとしてこの学園にいてくれる安心感、有事にはファーストレスポンダーとなり、迅速な応急処置を施してくれるわけです。
そして日本一、安全な学園を目指そうと、部員はより多くの児童、生徒、学生、教職員、そして保護者に対しBLS講習を実施する「伝える側」に立ってくれています。今では頼もしい存在です。そうした流れが定着するのと同時に、次の展開として日本の水泳授業や水辺教育、応急手当の実践的学びについての教育課題にたどり着きます。
「自由な校風の成城学園だからできるんだよ」や「ライフ専門の先生がいるからできるんでしょ?」という耳にしてきた言葉が、良い意味で次へのアクションの引き金になっていました。
2018年にライフセービング先進国であるオーストラリアへ研修に行かせていただき、そこでの見聞がきっかけとなり「e-Lifesaving」の教材開発に結び付いたのです。
では「e-Lifesaving」とはなんでしょうか?
水辺の事故防止の心構えや、安全のための知識と技能についてを、楽しく学び合えるサイトです。小学校・中学校の新学習指導要領に沿い「水泳運動の心得」「安全確保につながる運動」や「水泳や水辺の事故防止に関する心得」などの実践的理解につながる構成になっており、学校教育現場でも今すぐ授業に導入できる仕組みになっています。
「e-Lifesaving」はパソコンやタブレット端末を通じて、誰でも無料で学ぶことができます。学校の授業であれば、いくらでも学びの時間の幅に合わせ活用することができると思います。
どこにいても海のことを学べるのですね
子どもたちは動画を通じて学ぶので印象に残りやすく、リアリティーを持って知識を吸収してくれています。いざという時に、その知識の引き出しから行動へ繋げることができればと考えますが、万が一の事態にならないための心構えやそなえを身に着けることが最も重要です。
例えば、応急手当の傷の対処で一番多いのは「足」です。ビーチに裸足でいると足の怪我のリスクは高くなります。夏は砂温も大変熱く、砂の表面では60度近くまで上がり火傷のリスクがあるため、移動する時にはサンダルを履くことが怪我の防止に繋がるわけです。さらには脱げにくいかかとのある物の方が、釣りや磯遊び等ではより安全です。
また、溺れてしまう原因の多くは離岸流と風の影響によるものです。特に離岸流が事故の半数を占めていますが、教科書には離岸流の見分け方などはありません。このように、海を守っているライフセーバーの実体験や対応実績から制作されていますので、どれも子どもたちに知っておいてもらいたい内容が凝縮されているのです。
ライフセーバが増えるといいですね
ライフセーバーが社会に広がっていくには二つの視点があると思っています。一つは、日本の海岸にライフセーバーが当たり前にいる社会の実現です。それは夏に特化した特別な水辺ではなく、地域、場所によっては、年間を通じて国民の方々のレジャー、スポーツ、心身のリフレッシュ等の憩いの場となるわけですから、そこにライフセーバーも自然と寄り添える存在でありたいと思っています。
もう一つは、ライフセーバーの事故防止の精神や安全に対する知識を、水辺に訪れる方々に伝え、少しでもそれを有していただくことです。私たちのようなライフセーバーの存在が目立たなくなる社会の実現です。身近なことでお伝えすると、お子様にとっての最高のライフセーバーは保護者の方であると思うのです。これは水辺に限ったことではありません。
JLAでも推奨している合言葉に“Keep Watch”があります。それは“あたたかく子どもを見守る目”であり、“楽しい遊びの中でも危険を正しく教えてあげられる”ことだと思っています。
ライフセーバーとして環境活動に関わっていますか?
まず、子ども達には様々な活動を通じて海を好きになってもらいたいですね。海を好きな人が増えれば自然と、海を守りたい、汚したくない、次世代にもこのきれいな海を...と考える人も増えるわけです。
私は子どもたちに日頃から「海の環境に関することだけではなく、身の回りの整理整頓含め、学校をきれいにすること、全ての環境はつながっているのだ」と伝えています。例えば、海のゴミの多くは川を通じ、生活や街から流れてくるわけですから、一つの環境だけにスポットを当てるのではなく、日常生活一つ一つの物事の循環を意識させることが大切なのです。
ビーチでこれを踏んだら危ないなと思う物を拾う。その思いやりの行為が、その日の海を楽しむ人の足の裏を守ることにもつながる。ひいてはその日の楽しい思い出を守ることにもつながるのだと。ライフセーバーとしてではなく、人として自然と思いやりを持てるような言葉がけをしていくことで、人と環境を守る“活動”ではなく“所作”になるのではないかと思っています。
最近では子供の海離れが深刻化してきています
子どもたちの海離れが進んでいることは、日本財団の報告からも承知しています。また肌感覚としてもあります。その子ども達がやがて親になり、自分の子どもを果たして海に連れて行くでしょうか。ネガティブなようですが、その流れこそ先々で深刻です。なぜならば、海での実体験が無い子どもに「海をきれいにしよう」「自然を大切にしよう」と言っても伝わらないからです。
スポーツもそうですが、一つのことを極めることを美徳とされがちですが、子どもたちには様々な体験をしてもらいたいと思っています。
問題を少しでも改善するにはどのようにすれば良いでしょうか?
ジュニアライフセービングに関わる子どもも、中学生になった途端、部活動が始まり、海から離れていくことも少なくありません。海は危険だから放課後に行ってはいけない場所として位置付けられていることも耳にします。そうすると、何でもかんでもダメみたいになってしまうんですよね。子どもたちも諦めてしまいます。
海での遊びや活動を支える大人たちが、そこを一緒に考えてあげなければならない。何がダメで何が良いのかを。その上で共に時間を過ごしながら、海での心構えやそなえ、そして楽しさを伝えていくことが大切だと思っています。
7月から海開きです。海水浴に来る方々へ伝えたいことはありますか?
水辺に向かう前に、是非「e-Lifesaving」をご家庭で活用して欲しいです。水辺の安全を学び合うことはすごく大切で、大人と子どもが一緒に学ぶことで互いの命を想い、理解が深められるのだと思っています。
水辺の安全 = 子どもだけの教育ではありません。大人も等しくリスクに向き合わなければいけません。子どもにはライフジャケットを着用させますが、その大人は着用しない傾向にあります。果たしてそれでいいのでしょうか。ということも含めて、一緒に考えるきっかけにして欲しいと思います。
特に昨年からコロナ禍の影響で色々な活動が制限され、長い自粛生活が続いたことで、子どもたちの運動不足による体力や筋力の低下を実感しています。また、体育の授業でも怪我や骨折が増えています。水泳の授業も十分にできていない中で、夏休みに様々な制限から解き放たれ、密を避けるように自然へと向かった際、無茶な行動が事故につながらなければいいなと思っています。
気をつけてもらいたいことは?
遊びに行く海岸にライフセーバーが配置されているかを事前に確認してください。必ずライフセーバーのいる海水浴場でご遊泳ください。JLAの認定資格を持ったライフセーバーのいる海水浴場はHPからもご確認いただけます。
さらに言えば「遊泳区域内で楽しんで欲しい」ということです。残念ながら海での死亡事故は、ライフジャケット非着用、そして遊泳禁止の場所であることが多いです。遊泳禁止には意味があるのです。流れが速い、離岸流が発生している、過去に死亡事故が起きている等です。是非そこだけは知っておいてください。
私は自分の子どもと海や川へ遊びに行く際、必ずライフジャケットを持っていきます。釣りや流れのある川では、始めから着用します。子どもに何かあったら余裕をもって対処したいですし、自然環境下においては複合的に何が起きるかわかりませんから。
e-Lifesaving内「みんなで考えよう!」にある「海でのできごと」「離岸流ってなに?」は必見です! リアリティーある気付きや、学び合いができると思いますので、是非視聴してから夏を迎えてくださいね。
夢や目標はありますか?
水辺の安全に対する意識やそなえが「何か特別なこと」として存在するのではなく、「島国日本のごく当たり前のカタチ」になって欲しいと思っています。
学校の水泳授業は泳法指導に重きが置かれていますが、最も大切なことは、水辺の安全に対する知識と技能をしっかりと伝えることだと思っています。子どもたちに着衣泳や浮くことを体験的に数時間実施させることが、本当に水泳で伝える事故防止の教育と言えるでしょうか?
学校の先生にもよく考えて欲しいんです。それは子どもが落水してしまった後の対処行動を教えるに過ぎないことを。確かにそれも大切で、私も現場で教えています。ただその前段が最も重要で、水辺にはどのような場所に危険があって、どのような事故が起きているのか?それはなぜ起きてしまったのか?それを防ぐためのそなえや行動とは?と、まさに主体的、対話的に学び合う時間が重要になってくるのです。
「人のために尽くしたい」という頼もしい大学生が、日本のライフセービング界を支えてくれています。
一秒でも早く。自分を鍛え抜く意味はそこにあります。
一番重要なことは、事故を未然に防ぐこと。
海浜を利用される方との大切なコミュニケーション。さりげない会話から事故防止につなげているんです。
「e-Lifesaving」の活用
「e-Lifesaving」内、動画で考えよう!では、動画再生中に上記のような質問と解説が散りばめられています。子どもたちがリアリティーを持って主体的に学ぶことが大切です。
学校の先生方に「e-Lifesaving」を実施していただくための研修動画も制作しました。
スポーツ庁室伏長官を表敬訪問。2021年の春、スポーツ庁からの全国通知に「e-Lifesaving」を紹介いただきました。
水は楽しい!水は気持ちいい!をたくさん感じてもらいたいと思っています。楽しいから続く。続くから学びが深まる。シンプルな好循環を大切にしたいですね。
不安だった子どもの表情が、みるみる笑顔に変わり、やがて自信につながる。その瞬間に立ち会えるって本当に幸せですし、心から感動します。
年齢に応じて、水辺のリスクにもしっかりと向き合う。自然への感謝と敬意もこの時に伝えてあげています。
津波避難タワーの上。ゼロリスクはないから、そこは一緒に受け止め、考え、行動する。教室では決して伝えられないリアル。これが一番大切なんです。
この子たちは小学生になりました。でもこの時のことを今でも覚えてくれているんです。
教え子たちが一緒に活動に参加してくれる。こんなにも嬉しく頼もしいことはありません。
高校生が海で練習する時には、必ず大学生やOBOGが顔を出してくれます。それってみんなが幸せになれるんです。
海での体験活動に勝るものはありません。一人一人の笑顔や涙をたくさん目にしてきました。海は人の感情が表れやすい何かを持っている気がします。母なる海に感謝です。
必ず生徒とともに海に入ります。海で生徒を守れる自信が無くなった時は顧問を引退する時と決めています。
指導者としての価値は、どれだけ同じ指導者を生み出したかだと思っています。その志しある仲間達は宝です。
オーストラリアでの研修は、これからの日本で何をすべきかが見えた時間でした。学び続けること。挑戦と感謝の連続です。すべては水の事故を無くすために。