今、あなたの力が必要な理由

vol.65

世界最大のダイビング教育機関PADIの挑戦~廃漁網から作るエシカルな商品とは~

貫井健介

貫井健介さん- Kensuke Nukui -

株式会社パディ・アジア・パシフィック・ジャパン マーケティング本部勤務

1990年 ダイビングを始め、1992年 インストラクターに。その後日本国内・海外のリゾートを渡り歩いたのち、都内ショップに勤務。1999年 PADIジャパンに入社。

▼PADIジャパン HP
https://www.padi.co.jp

PADI(パディ)とはどのような組織ですか?

PADIは186以上の国と地域で128,000人以上のプロフェッショナル・メンバー(※インストラクターを含む)と約6,600以上のダイブセンター、ダイブリゾートからなるワールドワイドな組織で、世界最大のスクーバ・ダイビング教育機関です。

PADIは本部をアメリカ・カリフォルニアに置き、日本をはじめ世界に7ヶ所のエリアオフィスを配し、メンバーへのCカード(Certification Card=認定証)発行、教材・商品の開発や店舗運営のビジネスサポートを行っています。

また行政・業界への取り組み、ダイビングのフィールド整備から水中環境保護プロジェクトの推進まで、世界中のメンバーと共に幅広く活動しています。

大きなスクーバ・ダイビングの組織なんですね

はい。2020年現在、PADIでは全世界で2800万人を超えるダイバーを認定しています(※日本でも200万人以上認定)。また、世界でのCカード(認定証)発行枚数は全ダイバーの約60%以上を占めるなど、ダイビング教育機関として世界中の人々から高い信頼を集めています。

パディ・アジア・パシフィック・ジャパンで貫井さんはどのような業務をされていますか?

私はマーケティング部に所属し、広報活動が主な仕事です。イベントなどの企画がある場合は、関連団体との打ち合わせや実務など、多岐に渡ります。

貫井さんご自身もダイバーですか?

21歳の時にインストラクターの資格を取り、日本国内や海外リゾートのダイビングショップで10年ほど働いた後、パディ・アジア・パシフィック・ジャパンに入社しました。

実は、私がこの世界に入ったきっかけは、1989年に公開された「彼女が水着にきがえたら」という、ダイビングをテーマにした映画の影響が大きいです。あの映画の公開後に、一時的にダイバー人口は増えたのですが、私もそのうちの一人です(笑)

パディ・アジア・パシフィック・ジャパン(以下PADIジャパン)ではどのような取り組みをしていますか?

PADIジャパンでは3つの軸を中心に環境活動に取り組んでいます。

まず、インストラクターやダイバーに対して環境保護の啓蒙活動をしています。例えば、提携するダイビングショップから「ごみ拾いをしたい」と申し出があった場合はごみ袋を提供するなど、ごみ拾いを手軽にできる環境を整えています。

2つ目は、ダイビングの教育機関として「環境」について学ぶこともできます。PADIのスペシャルティ・コースとしてサンゴを守ることについて学んだり、実際にサンゴがある海域に潜り、実体験を通して様々な経験してもらいます。

最後に、私たちPADIジャパンが積極的に環境活動に参加することです。例えば、環境団体や企業とのごみ拾い活動や、サンゴを守る活動などを行っています。

PADIは世界中で環境活動に力を入れていると思います。どのような活動をされていますか?

はい。環境活動は世界中で行われていますが、私は全ての活動を把握していません。しかし、PADIの本部があるアメリカで行われている環境活動のことは、少しだけお伝えできます。

アメリカのPADIが力を入れている環境活動は「水中のごみ」と「サメの保護」がテーマです。中でもレッドリストに記載され絶滅の危機に瀕しているサメについては、各国のPADI集まるサミットで論議されています。実はアジア圏の食文化である「フカヒレ」が問題視されているのです。

特に捕獲方法のフィニング(※生きたままのサメ類からヒレの部分を切り取り、残った体を海に捨ててヒレだけ持ち帰る漁法)について多くの批判が集まっています。そのような現状を踏まえ、アメリカではサメの保護を強く訴えているのです。

PADIジャパンの具体的な環境活動について教えてください

日本でもアメリカと同様に、陸・水中のごみ問題にフォーカスを当てていますが、大きな違いはサンゴの保護活動に力を入れていることです。

世界の海で問題となっているサンゴの白化現象はとても深刻です。私たちPADIジャパンは沖縄・恩納村で活動している「チーム美らサンゴ」という団体と保護に取り組んでいます。

しかし、サンゴの保護はPADIジャパンだけが活動しているわけではなく、石垣島や宮古島の環境団体やWWFなど、多くの団体がサンゴの保護活動をしています。いつの日か皆さんの努力の成果が出て、多くのサンゴが復活することを期待しています。

※WWF:「World Wide Fund for Nature(世界自然保護基金)」の略。約100カ国で活動している環境保全団体。

PADIジャパンのサンゴ保護活動で環境に何か変化はありましたか?

私たちが活動を共にしている「チーム美らサンゴ」では、許可を得て親サンゴをバラバラにして、その細かくした株を海底に植え付けています。成長したサンゴ株の産卵を確認できれば、そのサンゴは自然再生していると判断できるわけです。

「チーム美らサンゴ」では、毎年行われている植え付け活動を通して、今のところ順調にサンゴは増えていると思います。

他に進めているプロジェクトなどはありますか?

「ALLIANCE FOR THE BLUE」という、青い海を取り戻すプロジェクトを計画中です。この企画は「リサイクルに貢献できる循環社会とは?」をテーマにした取り組みです。

具体的にどのような企画ですか?

日本の漁港にある、使用済みの廃漁網の利用について検討する企画です。昨今問題になっている、海に漂うプラスチックゴミは廃漁網から排出される割合が多く、場所によってはプラスチックゴミの3割〜4割も含まれているというデータもあります。私たちは漁港にたくさんある廃漁網の処理にフォーカスし、問題を解決したいと思っています。

回収、廃棄をするのではなく、リサイクル品として再利用できれば循環社会へ貢献できます。そのため、関連する企業との打ち合わせを重ねているところです。

素晴らしいプロジェクトですね

例えば、リサイクルプラスチックで物を作る専門企業さんに、回収した廃漁網を持ち込めば商品は作ってくれます。しかし、問題はそう簡単ではありません。

それ以前に考えなければならないことがたくさんあるからです。例えば、廃漁網の回収方法や運搬、保管管理など、私たちがどのような形で関わるのか模索中です。

全国から廃漁網を回収するとなると大変ですね

はい、私もそう思います。廃漁網を回収するにしても、日本の海の権利は漁師さんに帰属するため、お願い事がある場合は漁師さんに頼ることになります。

漁師さんはダイビングショップを兼務しているケースも多く、PADIジャパンは全国のダイビングショップとのネットワークがあるので、漁師さんと連携することは可能だと信じています。

全国から廃漁網が集まってきたら凄いことができますね

なにせ前例がないので、果たしてどれくらい集まるか想像もつきません。しかも、リサイクルに適した網はナイロン製と言われているので、ポリエステル製など他の素材は回収できないことも課題の一つです。それ以外にも、北海道の漁師さんから廃漁網を提供していただける場合、その流通を考えなくてはなりません。

このように、全て手探りの状態です。一つの企業だけでは対応できないと思いますので、これから色々な職種の企業さんと繋がることを楽しみにしています。

廃漁網以外の素材にも広がりそうですね

もちろん廃漁網でなく、ペットボトルでも構いません。しかし、海に漂うプラスチックの廃漁網の割合を考えると、廃漁網が砕けマイクロプラスチックになる前に回収することに大きな意味があると思います。

さらに、最近になって表面化している「ゴーストネット」という問題もあります。海中で漂う廃棄された漁網に、魚や動物が絡まって死んでしまう事案が発生しているのです。我々のプロジェクトは、その「ゴーストネット」を防ぐ可能性もあります。

なるほど。どんな商品が廃漁網からできるのか楽しみですね

廃漁網から取り出す化学繊維が原料なので、リサイクル100%の商品を作ることができます。最近ではエシカルという言葉が流行っているように、その商品がどのような経緯で作られたのかを意識をする方も増えているため、私たちも消費者の方に手にとっていただけるような商品を造りたいですね。具体的にはネックストラップや洋服、マスクなど、PADIらしい商品を思案中です。

貫井さんは現在の環境汚染についてどのようにお考えですか?

日本では環境への意識が高まり、環境活動への参加者が増えてきています。しかし、世界的に見てみると、ごみやマイクロプラスチックなどの排出量は増えている現状なので、まだまだ意識の改善が必要だと思っています。

どのような意識の改善が必要だとお考えでしょうか?

海の近くに住んでいる方やダイバーさんは海の変化に敏感ですが、街に住んでいる方に海の事を伝えてもあまり心に響きません。理由として考えられることは、海の汚染や環境問題が、自分ごとになっていないからだと思っています。

だから私は「街から流れ出たごみが海を汚している」ことをこれからも伝え続けていきたいです。

PADIジャパン沖縄オフィスのスタッフ(右)と

世界的にフカヒレを目的としたサメ漁業によってサメが急減少しています

廃棄された漁網に引っかかってしまった魚(右下)。水中生物は脅威にさらされています

中央区・晴海にあるPADIジャパン本社入口

環境イベントにもできる限り毎回参加しています

沖縄・恩納村でのサンゴ植え付けプログラム「チーム美らサンゴ」

「チーム美らサンゴ」では地元恩納村漁協の協力を得て活動しています

「中間育成棚」と呼ばれる場所でスティックとサンゴ苗の固着を高めてから実際に植え付けます

海中の珊瑚や貝殻等が堆積してできた多孔質の堆積岩でできたスティックにサンゴの苗をくくりつけます。このスティックがサンゴと一緒に大きくなりサンゴの体となっていきます

水中に捨てられた漁具はごみになるだけでなく、水中の生物の脅威にもなりかねません

漁網の多くはプラスチックでできているので、これらもプラスチックごみ問題のひとつです

沖縄の海に潜り、実際にサンゴの植え付けも行なっています

各種展示会でも「チーム美らサンゴ」の広報活動をします

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

全ての環境問題は、他人事ではない事を少しでも理解していただきたいです。人間は必ずどこかで海と関わり、いろいろな恩恵を受けています。

海への感謝の気持ちを忘れずに生活していただきたいです。

貫井さんの想い

私は海が好きです。以前は八丈島や伊豆大島など多くのダイビングスポットに訪れていましたが、最近ではサンゴの保護活動の関係でよく沖縄に出かけています。

キレイなビーチで何も考えずにゆっくり過ごす時間は、最高な贅沢だと思っていますので、これからも美しい浜や海を残すために、環境のことを考え続けたいです。

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com