今、あなたの力が必要な理由

vol.66

J1サッカークラブが考える地域密着・環境問題~「LEADS TO THE OCEAN」から見えるもの~

水谷尚人

水谷尚人さん- Naohito Mizutani -

Jリーグ・湘南ベルマーレ 代表取締役社長

略歴

  • 1989年3月:早稲田大学教育学部 卒業
  • 1989年4月:株式会社リクルート 入社
  • 1992年12月:財団法人日本サッカー協会 入局
  • 1996年6月:財団法人2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会 出向
  • 2002年11月:株式会社湘南ベルマーレ 強化部長 就任
  • 2007年10月:産業能率大学スポーツマネジメント研究所 客員研究員就任
  • 2010年1月:株式会社湘南ベルマーレ 取締役就任(〜2012年4月)
  • 2010年5月:株式会社小田原スポーツマーケティング 代表取締役 就任
  • 2013年5月:NPO法人湘南ベルマーレスポーツクラブ 理事長 就任
  • 2015年12月:株式会社湘南ベルマーレ 代表取締役社長 就任

▼湘南ベルマーレ
https://www.bellmare.co.jp/club/profile
▼特定非営利活動法人BeingALIVEJapan
https://www.beingalivejapan.org/

湘南ベルマーレとはどのようなチームですか?

1968年栃木県那須で藤和不動産サッカー部として創部され、2000年に「湘南ベルマーレ」と改称(以下ベルマーレ)。神奈川県「湘南エリア」の厚木市、伊勢原市、小田原市、平塚市、藤沢市など9市11町をホームタウンとする、Jリーグ1部に所属するプロサッカークラブです。

「湘南スタイル」と呼ばれる全員攻守で最後の最後までアグレッシブに戦い抜くサッカースタイルが特徴です。勝ち負けを超えて、観る人に夢と感動を届けることを目指しています。

サッカー以外のスポーツにも力を入れているとお聞きしています

はい。ベルマーレではサッカーのトップチーム以外にU-18、U-15の活動も管轄しています。また「NPO法人湘南ベルマーレスポーツクラブ」として、ビーチバレーチーム、トライアスロンチーム、フットサルチーム、サイクルロードチーム、そしてラグビーセブンズチームの活動をサポート。

ヨーロッパの総合型地域スポーツクラブのように、ホームタウンの人々が多種多様なスポーツを気軽に楽しめる環境作りを目指しています。各競技チームに所属する選手たちも世界の舞台を見据えて日々励んでいます。

ベルマーレの代表取締役社長である水谷さんは、どのような経歴でしょうか?

私は小学校3年生から始めたサッカーを早稲田大学卒業までプレーをしていました。ポジションはフォワードで、大学在籍得点は確か1点かな(笑)

卒業後は一般企業に就職したのち、1992年に日本サッカー協会で、2002年にはFIFAワールドカップ日本組織委員会で仕事をしました。その後、ベルマーレの仕事を手伝ったらどうかと誘われ、2002年に強化部長として就任しました。以来、19年間ベルマーレ一筋ですが、本当はもっとやりたいこともありました(笑)

水谷さんは人と相対する時、ご自身の垣根を低くしているように見えます。何か意識していることがあるのでしょうか?

そうですか?自分ではあまり意識していませんが、父親の転勤も含め、今まで16回も引っ越しています。小さい頃から、知らない場所に身を置く機会も多かったので、幼いながらに人に対して明るく元気に接することで、周りの環境に早く慣れようと思っていたのかもれません。

そのお陰なのか、大人になって初めてお会いする方でもストレスを感じることなく付き合うことができます。人によっては、その自然な振る舞いを「垣根が低い」と感じてくださっているのかもしれませんね。

湘南ベルマーレでの環境活動についてお聞かせください

はい! Jリーグの理念の一つである「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」に基づいて、ベルマーレでもホームタウン内で様々な活動を行っています。コロナ禍で活動が制限されているため2019年度の報告になりますが、実に年間合計2535回のホームタウン活動を実施しています。

2500回を超えるホームタウン振興活動をされているのですか? 凄いですね

幅広い活動をしているのですが、環境活動の一環としては「LEADS TO THE OCEAN〜海につづくプロジェクト〜(以下LTO)」に参加しています。

LTOを共催で行っている「NPO法人海さくら」主催のゴミ拾いに、ベルマーレの社員が個人的に参加したことがきっかけです。取り組みが広がったことは、一緒にイベントを立ち上げるにあたり、まさに理想的な形だったと思っています。

「LTO」とはどのような活動ですか?

2015年7月よりNPO法人海さくらと日本財団の協力のもと、全ホームゲームの試合後に、サポーターの方々と共にスタジアム周辺のゴミ拾いを実施しています。海にあるゴミの7割は川から、そして川のゴミは街からやってくるという考えのもと、湘南の美しい海を守るために、スタジアムの周りから清掃をスタートしました。

また、スタジアム周辺だけでなく湘南の海岸も不定期で清掃。現在ではベルマーレを皮切りに、12のJリーグのクラブが参加しています。他のスポーツでもバスケットボール、野球、ラクビー、アイスホッケーと、全17団体がLTOのプロジェクトの活動を実施し、累計で600万人以上のお客様へ環境のことを伝えています。年間を通してLTOに参加回数が多い方には、最終戦の時期に表彰式を開催し、選手から記念品を贈呈するイベントも行っています。サポーターもそれを目指して頑張ってくれているようです。

LTOには多くのサポーターの方が参加されています。どのように感じられますか?

LTOにはベルマーレサポーターはもとより、アウェイのサポーターも参加していただいていることは承知しています。大勢の方がLTOに参加されている理由は、海さくらと取り組む環境活動がサポーターの方々の共感を得ているからだと思います。

湘南のサポーターの方々はベルマーレの活動を自分事として捉えている人が多く、一緒に頑張ってくれます。例えば、ベルマーレの練習場は相模川沿いにあり、大雨が降ると冠水することがあります。そのような非常時に自分事として、グラウンドを気にしてくれることは、とてもありがたいと感じています。

実は前任者が退職後に私がLTOを引き継いだのですが、私たちベルマーレにも「目の前に落ちているゴミを拾える人間になろう」という理念があるので、自然な形で継承できたのだと思います。

「目の前に落ちているゴミを拾える人間になろう」素晴らしい理念ですね

以前、ドイツのクラブチームの「1860ミュンヘン」で指導者をしていたベルマーレスタッフと一緒に、世界に誇れる、社会とチームがうまく体現できる理念として「目の前に落ちているゴミを拾える人間になろう」という標語は考えられたのです。今ではベルマーレの象徴的な言葉として、アカデミーと選手にも日々伝えています。

その理念は若い選手に伝わったと思いますか?

ベルマーレには「ジュニア(小学生)」「ジュニアユース(中学生)」「ユース(高校生)」という育成カテゴリーがあります。ユースに昇格できなかった保護者の方から手紙をいただきました。その手紙には「残念ながらベルマーレのユースチームには上がれませんでしたが、練習に参加させていただいたことで劇的に変わったことがあります。それは、下校途中でゴミ拾いをするようになったことです。それだけでなく、部屋の中の整理整頓ができるようになり、朝、自分で起きれるようになりました」と書いてありました。

その文面から、「目の前のゴミを拾える人になる」という我々の理念もしっかり伝わっていると思い、嬉しくなりました。

国連が定めたSDGsの17の項目にベルマーレの活動をリンクさせるとお聞きしました。

はい。ベルマーレでは、SDGsの指標を今年中にはまとめたいと思っています。環境への関心が高まり、SDGsを推進したいと思っている企業はたくさんありますが、企業としてどのようにSDGsの対応したらいいか苦慮しているという話をお聞きしています。

そこで、ベルマーレがSDGsを共に考える機会を創出できれば、お互い有益な活動が可能になるため、情報をオープンにすることを決めました。

ベルマーレでは、どの項目がSDGsに当てはまるでしょうか?

私たちの活動は多岐にわたっています。その中の一つとして、子供たちのアイデアで作った献立をベルマーレ給食として平塚市内の学校に提供しています。その試みはSDGs 2番目の「飢餓をゼロに」の食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進するに当てはまります。

また、LTOなど環境活動はSDGs 14番目の「豊かさを守ろう」の持続可能な開発のための海洋資源を保全し、持続可能な形で利用するにつながります。そのために今までの活動をこれから精査してゆきます。

しかし、SDGsの活動を続けるためには資金も必要です。そのことをご理解いただけると嬉しいと思います。

他には、どのような活動をされていますか?

環境とは少しだけ話が離れてしまいますが、ぜひお伝えしたいことがあります。久光重貴というフットサルの選手がいました。彼は2013年のメディカルチェックで肺に影が見られ検査したところ、肺がんと診断されました。

そのような大変な状況にも関わらず、彼が全力で取り組んでいた活動に、小児病棟への慰問活動「フットサルリボン」があります。入院治療をしているこども達は、フットサルのプロ選手と一緒に遊ぶ機会を持つことで、大喜びして笑顔になる。親も看護師も笑顔になり、まさに笑顔の連鎖が生まれました。そこで、ベルマーレでも応援することになりました。

しかし、活動を続けていた久光選手は2020年12月19日、志半ばでお亡くなりになりました。残念です。

具体的にベルマーレとしてはどのような応援をされているのでしょうか?

はい。久光選手とのご縁もあり、湘南ベルマーレはJリーグクラブとして初めて、長期治療を必要とするこどもの自立支援とコミュニティの創出を支援する「TEAMMATES」事業に参画しました。この事業は、長期療養中の児童をスポーツチームの一員として入団させ、定期的に練習や試合等のチーム活動に参加する事業です。

長期治療中のお子さんを支援する素晴らしい活動ですね

2021年度で二人目の支援となります。昨シーズンはJリーグクラブのTEAMMATES(チームメイツ)事業として、悪性リンパ腫で長期療養中の高田琥太郎選手(8歳)の入団を受け入れ、約5ヶ月間チームの一員として練習、試合などサポート活動を行いました。

そして次のTEAMMATESとして、小児がんで長期療養中の橋本琉選手(6歳)の入団を受け入れ、2021シーズンいっぱい、選手、チームスタッフ、サポーターとともに活動を行い、学校や社会への復帰をサポートしています。

サッカーのことも少しだけお聞きしたいです。選手のセカンドキャリアについてはどう考えていますか?

僕が思うことは、サッカー選手である前に人としてしっかりしている人、大人と会話できる人は、普通に次の人生を歩んでいると思います。

選手達はサッカーに関わっている時間より、普段の生活時間の方が長いのです。だから、サッカーに関わる以外の生活をどのように過ごすのかが大切だと感じています。ベルマーレとしても、セカンドキャリアという課題は当然ながら重要なこととして捉えています。

勝負の世界!勝ち負けについて、どのようにお考えですか?

もちろんチームとして絶対に勝ちを目指します。しかし勝ち負けの世界、負けてしまう時もある。その時は、FCバイエルン・ミュンヘンの元GM、ウリ・へーネス氏の「いかに負けるかが大切だ」という言葉を選手に伝えています。

万が一負けても、目指しているサッカーが出来ていれば観ている方は拍手をしてくれると思います。サポーターの皆さんが翌週も試合に観に来てくれるようなサッカーをするのが、大切なことだなと思っています。

社長として大変だったことはありますか?

一番大切なことは、ベルマーレを存続させるということです。経営者にはいろいろな考え方があると思うのですが、会社を存続するために社員をリストラする選択は私にはありません。選手や社員、またその家族が生き生きと楽しむ生活を継続できない会社は、生き延びても意味がないと思うからです。

その上で大変だと思ったことは、1998年に湘南ベルマーレの親会社であったフジタが撤退したことが大きな問題でした。しかし、他のスポンサー企業やサポーターの後押しもあり、無事に乗り越えました。そして、実はそれより大変なことは、3年前に発生したハラスメント問題や、2020年春から続いているコロナ問題だと感じています。今は大勢の支援者の理解もあり頑張っているところです。

逆に嬉しかった、楽しかったことはありますか?

そうですね、たくさんあります。2018年ルヴァンカップ優勝の時に、サポーターの泣き笑いの表情を見ることは嬉しかった。2007年、この時期は本当に資金が苦しく、会長と一緒に企業を回り、支援が決まった時は嬉しいというよりホッとしました(笑)

そして、なんと言っても1998年に親会社から撤退せざるを得なかったフジタさんが、18年ぶりにスポンサーとして再び支援していただけると決まったことです。支援を発表した試合会場でサポーターが出した「おかえりフジタ」という横断幕を目にしたスタッフ全員が感激し、総務部長は泣いていました。

後日、フジタスペシャルデーに行われた試合の冒頭あいさつで、奥村洋治社長は「ベルマーレとは生き別れた兄弟ですが、もう二度と別れません」というサポーターに向けてのメッセージは本当に感動しました。

サポーターの皆さんに向けてスピーチする水谷さん

会長の眞壁潔さんとともにサポーターにご挨拶

海岸清掃をする水谷さん

サポーターの清掃活動を記録する

ベルマーレサポーターのLTOの集合写真。毎回100人以上が参加する

相模川の冠水。グラウンドを清掃するサポーターの皆さん

LTO表彰式。サポーターの一人ひとりに記念品を贈呈

フットサルのプレーをする久光選手

病気療養中の子供たちと時間を過ごす久光選手

高田選手の入団記者会見にて

今まで獲得したタイトルのトロフィー

2018年奪取したルヴァンカップのトロフィー

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

私は「最近の若い奴ら」という言葉が嫌いです。それは若い人たちの成長や行動は大人の責任だと思うからです。

子供は大人の姿を見ています。だから私は大人はいつも明るく元気に過ごすことを大切に思っています。さぁ今日も1日笑いましょう。

水谷さんの想い

スポーツを通じて、人と人がつながり、縁が生まれ、笑顔あふれるコミュニティが出来る。そんな明るい空間がいろいろなところにあったらいいなと思います。

個人的には、ぼーっと酒飲んで明るく管を巻いていたら幸せです。

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com