香里武さんの活動についてお聞かせください
私は日本全国の漁港を巡り、岸壁の上から海面を覗いて魚の赤ちゃん(幼魚)をタモ網ですくいあげ、観察記録をする「岸壁幼魚採集家」を29年間続けています。
そして、私が代表を務める「株式会社カリブ・コラボレーション」では、「魚と音楽」「魚と車」のように異業種を組み合わせたイベントや、最近では水族館の「館内音楽」のプロデュースをするなど、より多くの方に違った角度から魚の魅力を伝えています。
また、魚による癒しの提案者「フィッシュヒーラー」として活動する傍ら、講演・執筆活動はじめ、テレビ・ラジオ等に出演しています。
鈴木香里武(カリブ)さんは本名ですか?
よく聞かれます(笑)実は本名です。3月生まれの魚座、誕生石のアクアマリンは海の石です。しかも名字の鈴木(スズキ)は江戸前寿司のネタの魚ですし、まさに海つながりです。
名前のカリブは、両親が新婚旅行で訪れたカリブ海が由来ですが、実は明石家さんまさんから「新婚旅行にカリブ海に行ったんならカリブでええやん」の一言で決まった名前だそうです。今となってはこの名前に感謝しています。
「岸壁幼魚採集家」のことを具体的に教えてください
岸壁採集とは、漁港内に入ってきた小さな生き物(幼魚)をタモ網ですくい観察記録をつける、いわば壮大な金魚すくいのようなシンプルな活動です。自分の立っているところから5〜10mくらいまでの、ごく限られた範囲内での出会いは、まさに一期一会です。
岸壁からの採集だから「岸壁採集」なのですね
はい。しかし「岸壁採集」は僕が作った言葉ではありません。魚の採集家と呼ばれる方は大勢いますが、ほとんどの方がシュノーケルなどで“湾内を潜る”方たちです。
私が行っているような“漁港の中”に浮遊している小さな生物を採集し、情報を蓄積している人は少ないと思います。皆さんは見た目が綺麗な観賞魚を採りたくなると思いますが、私は地味なものや小さいものに興味が湧くのです。
幼魚(魚の赤ちゃん)とはどのようなものですか?
世界最大の魚類のジンベエザメも、生まれた時は小さな赤ちゃんです。特に私が漁港で観察するような赤ちゃんは、1cm以下の虫眼鏡がないと見えないくらい小さい魚です。実は数年前まで「幼魚」と言っても誰も振り向きませんでした。
しかし近年、姿が可愛いことや、まだあまり生態が知られていない珍しさに注目が集まり始めました。世の中には成魚に関する情報の方が多いのですが、幼魚は新たな発見がたくさん潜んでいる分野だと思います。
なぜ幼魚と呼ぶのですか?
魚は成長段階によって呼び名がついています。卵から孵化すると、最初はプランクトンに近い「仔魚」となります。そこから「稚魚」に成長し「若魚」を経て、生殖能力を持つと「成魚」になります。
私は、ある範囲の区切りをつけるために「自力で泳ぐ力がある」「流れに逆らって泳ぐ遊泳力を持つ」という条件を元に、稚魚から成魚の間に位置する期間の魚を「幼魚」と呼んでいます。
幼魚の魅力はどのようなものでしょう?
幼魚の生態を知れば知るほど、その存在に魅せられます。まず単純に姿形が可愛い。それだけではなく生態も興味深いのです。幼魚は、海中では泳ぐ力も戦う力もまだ完全ではありません。
そんな小さな体で生き残るためには、相当な努力が必要になります。例えば、海藻そっくりに擬態したり、体を透明にして目立たなくしたり、トゲトゲを纏って敵に食べられないようにするなど、ありとあらゆる方法を使いながら身を守っています。私はそんな幼魚たちの多様な生き様に、ものすごく惚れています。
そもそも、なぜ漁港に幼魚が集まるのでしょうか?
漁港はコンクリートで囲まれています。実はその箱のような形状がポイントになります。幼魚たちは基本的に泳ぐ力がないため、風や潮に流されそのまま漁港に流れてきます。そして一回漁港の中に入ってしまうと、コンクリートに囲われているため、漁港内に滞留しやすくなります。
幼魚たちの天敵もいませんし、漁港内はあまり波が荒れません。餌のプランクトンや、隠れ家の海藻や岩もたくさんあります。身を守ることに特化した幼魚たちにとって、漁港はまさに「ゆりかご」のような存在です。人工的ではありますが、幼魚たちにはとても大切な自然環境です。
なぜ岸壁採集を始めたのでしょうか?
私の両親は、海水浴場ではなく、漁港によく遊びにきていました。当時、0歳の赤ちゃんだった私をビニールシートの上に置いて、魚を採りに行っちゃうような両親でした。お陰で、物心が付く前には網を握って遊んでいたと聞いています。
そして、気がつくと漁港から海を覗き込む子供に成長し、家族と一緒に西伊豆・房総半島・三浦半島などの漁港によく通っていました。
この活動を10年以上続けているうちに、漁港の足元で出会える幼魚たちが、実はまだ解明されていないことが多いということに気づき、今に至るまで活動を続けています。そのような訳で「将来は採集家になろう」と思って始めたのではありません。
今まで貴重な生物を発見したことは?
アカグツという魚は、水族館では普通に展示されている深海魚ですが、今まで赤ちゃんの姿は映像記録として残っていませんでした。しかし、私は3年前に沼津の漁港で、海面にぷかぷか浮かぶアカグツの幼魚を発見し、貴重な映像記録を世界で初めて撮りました。
また、伊豆半島など、駿河湾の深い海底から潮が巻き上げられやすい海域では、珍しい魚も見つかります。幻の深海魚と呼ばれるリュウグウノツカイは、幼魚の頃は浅瀬によく現れるため、私は過去3回も発見しています。こんな珍しい深海魚が足元で観られるなど、本当にワクワクできるのが岸壁観察の魅力です。
情報発信はどのようにしていますか?
魚類学者でも、釣り師でも、ダイバーでもない私が漁港の岸壁に立ち、タモ網だけを使って海を覗き、多くの生き物と出会い、その情報を著書や番組・講演・SNS等で発信しています。例えば、Twitterで枯れ葉に似た幼魚の写真を投稿すると「すごい!こんな魚いたんですね」とコメントを頂きます。
しかし、海と親しみのない方々からは「魚より周りのゴミに目がいく。海、めちゃ汚いですね」というコメントがアップされ、とても面白い現象だなと思っています。情報の出し方一つとっても、映像を受け取る側の経験や感情によって、環境問題の伝わり方が全然違うと感じています。
神奈川県の海で1月〜3月に見れる幼魚はいますか?
相模湾では、水温が一番低い冬の季節に海藻が生えてきます。海中はまさに「緑」が増える季節です。そのタイミングに合わせて「緑」に溶け込む魚が出てきます。
この季節を代表する魚としては、僕が好きなイダテンカジカはオタマジャクシのような体形でとても可愛いです。1.5cmくらいで、アオサノリにそっくりな色です。緑色を必要とする魚たちは、生まれるタイミングをわかっているかのように、この季節を選びます。そして海藻が枯れてくる夏場には、身体の色を茶色に変えて岩場の方に移動します。
岸壁採集をして環境の変化は感じますか?
最近は冬でも海水温が下がりきらないことが多く、本来なら低水温時にグングン育つはずの海藻が全然生育しません。春先の時点で枯れてしまう状況が、ここ数年続いています。隠れる場所がなくなり、昔はたくさんいたアイナメもこの数年は全然見なくなりました。
やはり、環境変化による海藻消失の影響を受けていると思います。足元を見ているだけでも感じる変化なので、広い海に目を向けるともっと深刻なのかもしれません。
やはり海水の高温化が問題ですね
そうですね。昔との顕著な差として「冬に水温が下がらない」「海藻が生えない」「その周りにいる稚魚も育たない」この3つの条件が重なっていると実感しています。
また、この5〜10年くらいは海洋ゴミが増えたと感じています。漁港の隅はゴミが溜まりやすく、ビニール袋・食品トレイ・ペットボトルなど、人間が捨てたゴミがたくさん混じっており、その量も種類も年々増えている感じがします。
その中でも2020年の初夏からマスクのゴミが増えました。これまでマスクはあまりなかった印象なので、昨今のコロナ禍によって、街からのゴミがすごいスピードで反映されている状況です。ゴミが溜まりやすい漁港は「現状」を知る良い指標だと思います。
漁港に押し寄せるゴミは、魚たちにも影響していますか?
幼魚たちは水面に浮かんでいるものに寄り添う性質があり、漁港の隅に溜まっているゴミをよく観察すると、幼魚は浮遊物に身を寄せています。
幼魚たちは下からの敵だけではなく、上空の海鳥の目も意識して身を隠すため、海に浮いている物ならビニール袋や食品トレイも利用し、水底に沈んでいる空き缶の中に隠れているギンポの仲間などもいます。
生き物がゴミを利用するからといって、ゴミを肯定している訳ではありません。幼魚たちの逞しい生き様をお知らせするとともに、魅力的な生き物が生活している海に、「人間がゴミを捨ててはダメだ」ということを伝えたいと思います。
幼魚の観察後はゴミ拾いをされている?
単体で泳いでいる時は、素早くて網ですくうのが難しい幼魚でも、ゴミの下に身を寄せている幼魚の場合は彼らが安心しているので、簡単にゴミごと採集できます。しかし、あくまで目的は幼魚観察なので、観察後は海に魚をリリースし、残ったゴミは自宅に持ち帰って捨てます。
これまで、イベントで一緒になる子供たちに「ゴミ拾いをしましょう」と言っても興味を持ちませんでしたが、今では「幼魚観察後にゴミを持ち帰る」いうシンプルなアプローチで、無理なく、楽しく、環境活動を続けています。
子供たちも面白く学べますね
講演などでお伝えしていることは「楽しみながら海を守る」ということです。幼魚の観察後に出たゴミを捨てることがきっかけとなり、環境に興味を持って頂ければ、と思います。
ゴミさえも利用する幼魚の逞しさに目を向けていただくと「ゴミ」=「悪」のような伝え方をするより、子供達の心に響くと信じて活動を続けています。海を訪れる多くの方が「無理なく楽しみながら環境を意識した行動をする」だけでも、積み重なれば大きな結果になると思っています。