清野先生の活動についてお聞かせください
私は福岡県にある九州大学大学院で、海洋生物の生態系や地域作りをテーマに研究しています。例えば海洋ゴミが海岸に堆積してしまうと、生物への影響はもちろんのこと、地域住民の暮らしにも大きな負荷がかかります。
そのような状況を少しでも改善するために、私自身の教職以外に、他の教育機関・ボランティア団体と協働して「社団法人BC-ROBOP海岸工学会」の活動もしています。
社団法人BC-ROBOP海岸工学会はどのような活動をしていますか?
主に福岡県宗像市の海岸で清掃活動を展開しています。現状、大量のゴミが海岸に漂着します。そのゴミの量たるや、人力による回収は困難な状況です。そこでさまざまなアプローチを仕掛け、改善を目指しています。
しかし、私が研究で通ってる九州の離島では人口規模が小さく、海の環境活動をする人数も限られています。さらに、ボランティアの方の高齢化や人手不足も進み、今では海岸で遊ぶ子供さえも少なくなり、人力での限界を感じてきました。そのような社会課題の解決に向けても、市民活動団体や宗像市と共に「ロボット」を活用して社会に貢献できたら、と取り組んでいるところです。
社団法人BC-ROBOP海岸工学会はどのような学会ですか?
BC-ROBOP海岸工学会は、「ロボットと市民が協力して海をきれいにする社会」を目指し、2017年4月に発足したプロジェクトから誕生しました。海岸清掃や海岸管理を人とロボットが協働し、海の環境を考える団体です。2018年6月に設立され、英語名称は「The Institute of BC-ROBOP Coastal Engineering」です。
主要メンバーは、海ゴミを研究する私たちに加え、ロボット開発や情報技術に関しては九州工業大学の浦環先生、林英治先生と北九州工業高等専門学校の富永歩先生と一緒に取り組んでいます。
なるほど、ロボット開発の部分は九州工業大学が担っているのですね
はい。2015年より海ゴミの現場へのロボット導入を、ロボットに関わる工学者の方々に提案してきましたが、海洋環境への資金供給もなく手詰まりな状況が続きました。そこで私たちは現場の問題に対応する研究をされている、九州工業大学の「社会ロボット具現化センター」の浦環先生(東大名誉教授)にご相談すると「よし!海の現場ために頑張ろう!」と激を頂き、プロジェクトがスタートしたのです。
このセンターでは社会実装を見据えたロボットの研究開発をしています。これまで林業用や農業用、介護用など幅広い分野を研究開発してきましたが、今はビーチクリーン用ロボットにも力を入れています。そこで大学院生として活躍されてきた富永歩先生が、開発や実験を担われてきました。そして、北九州工業高等専門学校の教員に着任され、後進の教育の道を拓かれています。
では、ロボット工学については専門家の富永歩先生にお話をお聞きします
僕は学生の頃からフィールドロボットの分野で勉強を重ね、林業用の自動化ロボットの開発に携わりました。今ではBC-ROBOP海岸工学会と協動し、林業用ロボット製作で得た知識を使い、砂浜で自走移動しながらゴミを運搬するロボットを完成させました。(富永先生談)
▼自走式ゴミ回収運搬ロボットの走行テスト
https://www.youtube.com/watch?v=8X8wSLKwmaA
そもそもなぜロボットの活用を思いついたのでしょうか?
清野先生から、福岡県に押し寄せる大量のゴミ問題と、ボランティアの方への負担についてのお話を伺ったのがきっかけです。その課題を解決すべく、林業用ロボットの技術を使って初代ビーチクリーンロボットを製作しました。(富永先生談)
ボランティアの方への負担軽減が目的ですか?
砂浜に漂着している大量のゴミを運ぶのは大変な作業です。特に真夏の炎天下や、風が強い真冬のゴミ拾いはとても過酷なので、ボランティアの方の負担を軽減することが目的の一つでした。ロボットが稼働することで負担が軽減されるのであれば、ボランティアの方も安心して環境活動に参加してくれると考えています。(清野先生談)
ビーチクリーンロボットとはどのようなものでしょうか?
大切なのは、人とロボットの協働作業という考え方からスタートしていること。ロボットに「ゴミ拾い活動」を任せきりにするわけではありません。そのため、これまで開発したロボットは「ゴミを拾う」作業は一切しません。
自走移動して、海岸清掃のボランティアの方が拾ったゴミを専用のゴミ箱に入れ、ロボットと人が一緒に最終地点まで移動する「自走式ゴミ回収運搬ロボット」なのです。(富永先生談)
つまり「運搬用」ロボットですね
そうです。簡単にいうと「ビーチで動くゴミ箱」という考え方です。海岸を自走し、ボランティアの方たちが、ロボット後部にある専用のゴミ箱に入れていきます。
しかし、まだ課題も残されています。実は現行のロボットだと、砂浜では約20kgの重量しか運べません。普通の舗装路では80kgは運べるのですが、やはり砂浜での使用は負荷が大きいと考えています。(富永先生談)
ビーチクリーンロボットは何台あるのでしょうか?
バギー車を改造した車体に、林業用ロボットから転用した技術を使い、初代ビーチクリーンロボットを完成させました。その性能や実績を見込まれ、あるNPO 法人様のご依頼により2代目をつくる機会をいただきました。その後コロナ禍によってゴミ拾いは休止になり、自粛期間を利用して3代目の製作に取り掛かりました。これまでより配線保護を強化。コンピューターやセンサーに工夫を凝らし、完成したロボットが、現在稼働しているロボットです。
ロボットの動力源として初号機から現行の3号機まで「90ccのガソリンエンジン」を備えており、将来的な改良案として「400cc」の車体に変更する可能性がありますが、まだ構想の段階で、予算と保管場所の確保がこれからの課題です。また、将来的には台数を増やすことも視野に入れています。(富永先生談)
砂浜での使用は大変ですね
もともとは海岸などのハードな環境でもしっかりと動けるように設計しましたが、実際に砂浜で使用すると、トラブルが発生しました。林業用のセンサーでは舞い上がる砂をノイズとして認識し、障害物と判断しロボットが停止してしまうことが多発したのです。その調整はシステム全体に及び苦労しましたが、今では課題を克服して元気に稼働しています。(富永先生談)
将来的には「拾う」こともできますか?
熊手のようなアームでゴミをかき集め、砂とゴミを分けて回収するシステムは考えられますが、今後はゴミの「大きさ」「重量」について、改良することになると思います。もし自走移動の他に、ゴミを見つけて「拾うシステム」を1台で開発しようとすると大学の研究費では賄えなくなります。
私たちの目的は、人間の負担をロボットに任せましょうという発想です。つまり、ロボットと人間が同じ物理空間を共有して、「それぞれが自分たちの仕事をすること」を前提として開発しています。(富永先生談)
ロボットの参入でボランティアの参加人数も増えましたか?
参加されている方々も高齢になり、それを補助する新しい技術として、ロボットを取り入れてから4年になりました。今では「ロボットが登場します」とボランティアの募集をかけると、多くの子供たちがゴミ拾いに参加してくれます。
今後は環境問題に関心がない若い世代の方にも、ロボットを通して興味を持っていただき、その後も習慣としてビーチクリーンに参加していただける状況にしていきたいですね。(清野先生談)
子供たちに人気ですか?
はい。子供たちには評判がとても良いです。海岸掃除の後はロボットを操作するなど、積極的に接しています。しかし、大人の参加者からは「ゴミも自動で拾って欲しい」と要望する声もありますが、今のところは「改良はしていきます」との返答に留めています。
みなさんから期待されていると実感していますが、人とロボットの協働を前提に最適解に導けるよう、研究を続けています。(清野先生談)
▼ビーチクリーンロボットが登場したゴミ拾いの様子
https://www.youtube.com/watch?v=ry6mfs79BW8
これからも技術は進歩しますね
今、新しいシステムを考えています。それは人工知能(AI)の技術を使い、砂浜で集計したゴミを解析し、得られた情報を環境活動をしている団体さんに発信する、新しいプロジェクトの企画です。(清野先生談)
どのようなプロジェクトでしょうか?
画像技術等はどんどん進化し、今ではフロント部分に取り付けられたカメラは半径5mまでの映像を記録できます。そのロボットカメラやドローンカメラからの映像をAIで解析。月ごとの情報をデータベース化すると、年間を通して傾向と対策が可能となります。その上で適切な時期に人材を派遣することで、清掃活動の効率化も進むと思っています。(清野先生談)
AIの活用ですか?
漂着したゴミをいかに効率よく回収できるかは、僕らエンジニアが提供するシステムの成功が鍵となります。この検証は海ゴミ問題だけではなく、AIやクラウドを活用することで地域の活性化が進めば、このままでは衰退してしまう沿岸地域のコミュニティ問題にも一石を投じるのではないでしょうか。(富永先生談)
活動されている宗像市の海岸の状況はいかがですか?
季節にもよりますが、大きな発砲スチロールや漁具、またビン、カン、ペットボトルも大量に浜に漂着しています。特に漁具のロープが砂中に埋もれていたら人力では対応できず、市民のボランティアが掃除するレベルを超えています。本来なら、業者さんが重機を使って一気に掃除するような状況だと感じています。
福岡県は近隣諸国から漂流してくるゴミがとても多いのですが、実は日本製のゴミも多いので、早急に環境を改善して、お互いがゴミ問題について意見を言えるような関係にならなければなりませんね。(清野先生談)
先生方もゴミ拾い活動をしているのでしょうか?
BC-ROBOP海岸工学会として、イベントやロボットの試験を兼ねた清掃活動を年10回は行っています。それ以外にスタッフメンバーを含め、事務局の吉冨さんは宗像市で、富永先生も北九州市の若松岩屋海岸で、それぞれゴミ拾いに参加しています。私は福岡県や長崎県の島の沿岸で、週に一回ほど環境活動をしています。(清野先生談)
福岡県のゴミ問題に寄与できそうですか?
私はゴミ問題と地域のコミュニティー構築の研究を20年以上も続けています。しかし、ゴミ問題に関しては未だに解決の兆しも見えません。環境問題に対し国も多額の予算を計上していますが、日本全体で環境問題への考え方が変わらない限り難しいと思っています。
世界ではすでにソリューション(解決)に向けて舵を切っていますが、日本ではまだまだです。私は大学の職員ですが、研究開発に集中するだけでは、何も解決しないことを実感してます。そこで、社団法人BC-ROBOP海岸工学会を立ち上げ、ゴミ拾いの高度化や、異業種の方々と連携をより親密にしていく試みにも注力しています。(清野先生談)