能勢さんの仕事や活動についてお聞かせください
新潟県燕三条で金属加工の技術を生かし、家庭用のスコップやシャベルなどの加工製品を製造・販売している永塚製作所の取締役社長を務めています。その傍ら、ライフワークとして環境保全活動をしています。
拠点の燕三条はどのような街ですか?
新潟県のほぼ中心「県央地区」に位置し、刃物や金物の生産が盛んなエリアです。しかし「燕三条市」という地名はなく、燕市と三条市を合わせた呼称です。
また職人が多く、この街で新しい仕事を始める時は人間関係の構築に時間はかかると思いますが、一旦認められると働きやすいです。仕事好きで、人情に厚い方々が多いという印象ですね。
御社製造のトングが評判になっているとお聞きしています
私たちの商品が、どのような流通を経て顧客に届いているか調べてみると、興味深いことがわかりました。
例えば、代表的な商品の一つである「火バサミ」が、ゴミ拾い用のトングとして代用されていたのです。「火バサミ」は短く、ゴミ拾い用ではありません。そのようなトングを長時間使用すると、体に負担がかかる等の調査結果も得られました。そこで、ゴミ拾いに特化したトングを作ることを思いつきました。
どのようなトングでしょうか?
従来では掴みにくかった薄い紙やビニール袋、滑りやすい濡れた缶やビンを楽に拾うことができるトングです。名前の由良は、“魔法の様につかみ取れる”ことからMAGIC GRIPで、「MAGIP」という造語のネーミングにしました。
「MAGIP(マジップ)」ですか?
はい。マジップは「うまくゴミを掴めない、手で拾った方が早い」などの様々なご意見を集約し、試行錯誤の末、2011年に完成させました。特徴としては、全長が60cmと、従来のトングよりも15cm長く、腰への負担軽減やクッション性に優れたシリコン樹脂で先端を保護しているため、安全に配慮された製品です。その操作性は、落ちている爪楊枝も簡単に拾えるほどです。掴むという単機能のデザイン性を高めるために、プロダクトデザイナーと一緒に作り上げました。
しかし、マジップ開発当時は、ゴミ拾いに使う道具をデザインする時代ではなく、デザインの仕事として引き受けていただくことが困難で、デザイナーが決まるまでに半年かかりました(笑)。その甲斐あってか、私たちのこだわりが詰まった自信作になったと自負しています。
すごいトングですね
マジップのような環境製品も、ようやく世間に認知されてきました。10年以上前から開発・販売に携わってきた私たちとしても感慨深いです。なにしろ、清掃活動自体が、少し前までは定年退職した高齢の方々が行う、というイメージでしたからね。
昨今のSDGs等、環境問題への意識の高まりにより、私たちのデザインや使い勝手の良いマジップに、時代が追い付いてきたのかな、と感じています。
そもそも、私たちの会社は、移植鏝(園芸スコップ)、火バサミ、十能、火起こしなど、製品ラインナップ全体で、日本古来の土農工具や清掃用具を製造し、次世代に道具の文化を残そうと営んでおります。その上で、ユーザーを意識したモノづくりに挑み、環境問題にも継続してアプローチしながら、トライ&エラーを繰り返し、製品をマーケットインというスタンスで作り上げています。そして、マジップをはじめとする製品は、手にとって使う人たちが求めやすい価格に設定し、販売しています。
▼MAGIP(マジップ)オンラインストア
https://www.eizuka-ss.com/shop/magip-shop/
マジップがデザイン賞を受賞したと聞きました
完成したマジップの評価をしていただくために、新潟県のデザインコンペ、IDS(イデス)「デザインコンペティション2012」にエントリーしてIDS賞を受賞しました。これを足掛かりに、デザインの登竜門と言われる「グットデザイン賞」に挑戦することにしました。
三次審査が行われる東京都有明のビックサイトで、関係者の方から「このトングは時代を先取っている」とご意見をいただきました。しかも幸運なことに、生活雑貨の審査員であるユニット長がサーファーでビーチクリーンを常にされている方でした。ユニット長は火バサミを使用して海岸のゴミ拾いをしていたそうで、彼らの目にはマジップがタイムリーなデザインだったのでしょう。「とても感動した」と話してくれました。審査員の中にマジップの必要性をしっかりと認識されている方がいたことは嬉しかったですね。
そして、特に高い評価を得たデザインに送られる「2012年グットデザイン・ベスト100」に選ばれました。今ではマジップも多くの方に利用していただき、個人間のコミュニケーションで「マジップをお使いですか」と一役買っているとも聞いています。
サーファーの方はよくゴミを拾いますよね。能勢さんもサーフィンをされますか?
はい。サーフィンをしています。私は東京から新潟への移住者でして、当初は友達が誰もいなく独りぼっちでした。また、趣味であった自転車も危険な目にあった体験から殆ど乗らなくなりました。そして、自宅から海まで渋滞なしで30分の距離と知ると、昔は出来なかった波乗りを始めようと思ったのです。
今では週末になると、愛車にウエットとロングボード、水などの道具一式を積込み、さらにマジップとゴミ袋も忘れずに備えます。波乗りで遊ばせていただいている海や自然に感謝して、海岸清掃をしています。たとえ波が無い時も、プラスチックゴミやペットボトルを拾うことは継続しています。
日の出が早くなる3月後半からは、波が良い日は移住者仲間と2人で出勤前に波乗りし、家族との朝食後に娘を駅まで送り、その後会社に出勤するなど。海を中心とした生活をしています。
サーフィン仲間からコミュニティーが広がりますね
はい。その通りです。新潟市内にある五十嵐浜の海辺の環境整備を整え、次世代に繋ぐという趣旨で「新潟市西区海辺文化推進の会」が立上がり、副会長という形で携わらせていただいています。月1回のゴミ拾いに100人前後の方々が集まります。まだ小規模ですが、みなさん真剣に取り組んでいます。この団体の会長さんもサーフショップのオーナーで、まさにサーフィンを通してのご縁でした。
また出雲崎では、ご家族を中心とした団体様から井鼻海岸清掃のお手伝いをしていただきたいと要望がありました。地元でカフェを営む方を中心に、私がサポートをする形で「出雲崎美しい海岸を守る会」を立ち上げました。まだできたばかりの市民団体ですが、ゴミを拾いながら、子ども達と会話を通し、次世代の環境を守るリーダーを育成しているところです。
ゴミ拾い活動をされていて問題はありますか?
私たちが活動している海岸では、トイレや手洗い施設もありません。駐車場も完備していないので、こういった環境が改善されると、ボランティアさんがもっと気軽に参加していただけるのかもしれません。
それに、この辺りの日本海沿岸は、観光資源を得るのが難しいエリアです。例えば、湘南海岸など屈指の観光エリアを有する神奈川県では、そういった観光資源を保全するために活動する美化財団もあり、ボランティアの清掃活動向けにゴミ回収までしてくれます。私たちは回収したゴミを役場まで持ち運んでいましたが、最近では役所との交渉の結果、回収場所もできました。ようやく環境保全への理解が進んできたのかなと思っています。
新潟県沿岸のゴミの状況を教えてください
北⻄季節風の関係で、大きな発砲スチロールや漁網、漁具などの大型ゴミからペットボトル、吸い殻などが多く打ち上がります。また近隣諸国から流れてくるゴミも多いのですが、同じように「日本製のゴミもハワイなどに流れているので、ゴミの発生を抑える生活に変えよう!」と子ども達へ伝えています。
子ども達に伝えることは大切ですね
私が関わる2つの団体のテーマは「次世代育成」という理念を掲げているため、子ども達にわかりやすく伝える努力をしています。例えば、生活に身近な洗濯バサミなどを例題に「プラスチック製の洗濯バサミなどは、紫外線によって劣化し、マイクロプラスチックになります。それは食物連鎖として人間の食生活にも影響があるんだよ〜」と伝えることで、生活から出てしまうゴミへの理解を深め、身近な問題として真剣に耳を傾けてくれます。
能勢さんは海の環境をどのように捉えていますか?
街のゴミは川から海に流れて出てきます。それは排水溝と海が繋がっているからです。街が綺麗になれば海も綺麗になるはずです。そのためには人の心も綺麗にならなければなりません。本来、海はゴミ拾いをする場所ではなく、遊び場所なのですから。