岩田先生の研究についてお聞かせください
東京大学大学院農学生命科学研究科で、再生可能なバイオマス(植物成分を原料)から作るプラスチックと、環境中で分解する生分解性プラスチック(微生物が分泌する酵素によって、水と二酸化炭素に分解される機能を持ったプラスチック)の研究をしています。
将来的には、バイオマスと生分解性の両面の特性がある「生分解性バイオマスプラスチック」の開発を目指しています。
プラスチックを研究されているのですね
私は京都大学で木材のセルロース成分からプラスチックを作る研究をしていました。そこで1995年に、生分解性プラスチック研究の第一線で活躍する土肥義治先生と出会い、新しい分野へ進みました。
研究を始めて25年以上が経ち、改めて感じたことは、人類共通の課題となっている「プラスチックゴミ」の問題についてです。海岸を歩けばレジ袋やペットボトルなどプラスチックゴミを目にすることは少なくありません。最近では「プラスチックを使わない世界は来ますか?」とよく聞かれるのですが、それはあり得ないと思っています。なぜならば石油からできるプラスチックは素晴らしい素材だからです。
日本人は、「これがいい」と思い込むと視野が狭くなりがちです。生分解性プラスチックは凄いと言われることは多いのですが、全てのプラスチックを生分解性プラスチックに変えたらいいのかというと、そうではありません。
分解してしまうと困るものが、世の中にはたくさんあるからです。生分解性プラスチックの特徴と使う場所を理解していただければと思います。
では生分解性プラスチックとは具体的にどのようなものでしょうか?
生分解性プラスチックは「プラスチックが分解するか・しないか」という、そのプラスチックの「機能」のことを指します。石油から作られたプラスチックだとしても、環境中で分解される物であれば、それは生分解性プラスチックなのです。重要なのは、「生分解性プラスチック」は二酸化炭素と水まで分解するということです。
よく間違われるのですが、洗濯バサミなどのプラスチック製品が、小さく砕けてボロボロになっているのを見かけたことがあると思います。それは「光分解」で粉々になっているだけです。
なぜ分解するのでしょうか?
環境中には色々な微生物が存在します。その微生物が酵素を出し、その酵素がプラスチックを水に溶ける低分子にまで分解していきます。さらに、その低分子が微生物体内に取り込まれ、二酸化酸素と水にまで分解されます。これが、生分解性プラスチックのメカニズムです。
微生物が重要ですね
その通りです。例えば、ペットボトルが生分解性プラスチックだったとしても、水道水につけただけでは分解しません。なぜなら、水道水には生分解性プラスチックを分解する微生物がいないからです。分解するには必ず微生物の力が必要となります。
どこに微生物が多いのでしょうか?
土の中には様々な種類の微生物が確認されています。川や湖など人間の生活に近いところに多くの微生物が存在することがわかっています。しかし、海中には微生物が少なく生分解性プラスチックであっても、なかなか分解しません。そこで、海の中でも分解する新しいコンセプトの生分解性プラスチックを作れないかと考えました。
具体的にはどのようなことでしょうか?
プラスチックの中に、あらかじめ酵素を閉じ込めて、プラスチックが川や海に流出して砕け、内部に水が入ると、中で眠っていた酵素が水と反応して分解が始まるという仕組を考えました。
一方、分解と一口に言っても、「速く分解する」や「ゆっくり分解する」など状況によって応用が必要となります。例えば「釣り糸」は切れれば、可能な限り早く海中で分解して欲しいわけですよね。一方で砂漠の緑化に使う保水ポットや、使用中のシャンプーボトルが翌日に溶けてなくなってしまったら、何の意味もありません。つまり使う用途に応じた分解速度の調整が課題なのです。
他には、どのような研究が必要だとお考えですか?
使っているときには決して分解せずに、環境中に流出したら分解が始まる「分解開始機能スイッチ」の開発に挑んでいます。例えば川と海の環境の大きな違いである「塩濃度」に加え、「PHの値」、「温度」、「水圧の違い」など、外部環境条件の変化に応じて、スイッチが入るトリガーにしようと試みています。この研究が進むと、様々な環境下で生分解性プラスチックの有効的な活用が可能だと考えています。
先生の開発が実現すると、どのようものに応用されますか?
例えば、洗濯機やエアコンなどの家電は、回収システムが確立されていてリサイクルされるので、生分解性プラスチックを使う必要がありません。
では、生分解性プラスチックはどのような商品に使えばいいかというと、農業で使うマルチフィルム、植林用の苗木ポット、釣り糸、災害用の土嚢、レジャー用品、ゴルフティー、食品用の包装フィルムなどですね。魚網などは、普段漁を行う深さの水圧では分解せず、海底に沈んで一定の水圧がかかると、分解のスイッチが入る構造にできないか検討中です。
海にはレジ袋をはじめ、様々な袋がたくさん流れ着いています
それは落ちていることが自体問題ですね。レジ袋はゴミ箱に捨てればいいだけですし、そもそも生分解性プラスチックが分解するからといって、袋を捨てても良いという風潮になっても困ります。だから、全てのプラスチックは可能な限り回収して欲しいのです。実際には、回収が難しい状況で生分解性プラスチックを使用することが正しい使い方だと考えています。
遠い未来にはなりますが、生分解性プラスチックの普及が進めば、環境中のゴミが少なくなる可能性を秘めています。しかし、それは人間のモラルと「プラスチックのゴミは出さない」という確固たる信念のもとでしか成り得ないでしょう。
問題・課題はありますか?
それはたくさんあります。全ての生分解性プラスチックが山、川、海で分解するわけではありません。ここが多く誤解される部分でもあります。生分解性プラスチックは土中でしか分解しないものもあれば、海で分解するものもあります。コンポストのように、温度が60℃、湿度が60%以上じゃないと分解しないものもある。
生分解性プラスチックの製品が、どのような性質なのかを理解せずに商品化し「生分解性プラスチックです」と発売してしまうと、大問題になってしまいます。例えば、コンポストでしか分解しない生分解性プラスチックから釣り糸を作ると、海では絶対に分解しません。
このような問題が起きないためにも、企業側も生分解性プラスチックをしっかり理解していくことが求められます。
会社も難しい判断をしないといけませんね
判断はとても難しいです。現在、海洋生分解性プラスチックの認証ロゴマークはありますが、これからはもっと細かな認証ロゴマークを作る必要があります。例えば「山でOKな生分解性プラスチック」「海でOKな生分解性プラスチック」など細分化していくことで、実際に使用する際、混乱も少なくて済むはずです。
他にもありますか?
今後の課題はコストを下げることだと思っています。現在はポリエチレンやポリプロピレンなどの製造が確立され、大量に生産されている商品に値段では対抗できません。最近はSDGsなど、環境に興味がある企業が、少しコストが高くても宣伝のため利用している側面もあり、これから本気で導入するのかはコスト次第だと考えています。
何割増しなら社会が許容し、消費の見通しが立つのかが見えないと、企業は大量生産に踏み切れません。「国や行政がこの新しいテクノロジーをどれだけサポートしてくれるか」ということが、広まっていくポイントだと思っています。
世界初の深海分解実験が行われたとお聞きしました
これまで30年近くプラスチックのことを研究をしてきました。そこでわかってきたことは、海に流れ出たプラスチックの多くは海底に沈みます。海底の水温は4℃です。さらに深くなるほど酸素が欠乏し、微生物の数が少ない世界です。そういう過酷な状況の中で、我々が開発しているプラスチックが本当に海で分解するのかは、誰も検証したことがありませんでした。
そこで、深海分解実験を初島沖の855mの海底で実施しています。生分解性プラスチックを6セット沈めています。毎年1セット引き上げて、解析を進めています。近い将来、皆さんに結果を公表することができるでしょう。
海の環境をどう捉えていますか?
海に流れ出ているプラスチックゴミが消えて無くなることはないので、ゴミは拾い続けるしかありません。これから100年以上かかるかもしれませんが、生分解性プラスチックの需要が多くなれば、数は減っていくと考えています。
そのためには、少しでも多くのプラスチックを生分解性のプラスチックに変えるなど、今から準備が必要です。もちろん、プラスチックゴミは完全に回収していただきたいものです。