今、あなたの力が必要な理由

vol.37

ポイ捨てしなくてもプラスチックは海へ~マイクロプラスチック調査最前線~

池貝隆宏

池貝隆宏さん- Takahiro Ikegai -

神奈川県環境科学センター 調査研究部長、技術士(環境部門)、環境計量士

1963年、東京蒲田生まれ。
京浜工業地帯の真ん中で公害に囲まれて幼少期を過ごし、学生時代に環境を専攻。
1988年神奈川県採用、2016年から現職。

ホームページ:http://www.pref.kanagawa.jp/docs/b4f/

池貝さんは何をされていますか?

環境科学センターは「環境監視」「環境学習」「調査研究」の3つの取組みを進めていくという大きな方針があり、私は「調査研究」の総括をする立場です。そして2年前から新チームを作りマイクロプラスチック(以下MP) 問題に取り組んでいます。

MP(マイクロプラスチック)とは何でしょうか?

海中に漂う海洋プラスチックのうち5ミリ以下のプラスチック片のことを言います。現在、世界の海域のMPの総量は約5兆個、日本近海の漂流量は世界平均の約27倍と言われています。私たち環境科学センターは主に相模湾で調査をしています。

2年前からの取り組みで何か変化はありましたか?

元になるデータが何もないところから始めているので、状況が変わったというより、今まで見えていなかったMPの状況が2年経ってようやく見えてきた段階です。現在も地道な調査研究のデータの蓄積を続けているところです。

MPが5兆個も漂っている!!

はい。「世界中の海域で約5兆個が漂っている」と、米国の研究者が外洋の調査結果をもとに推計した文献が2014年に公表されました。(出典:Eriksen M. et al. “Plastic Pollution in the World's Oceans: More than 5 Trillion Plastic Pieces Weighting over 250,000 Tons Afloat at Sea”, PLoS ONE, 9, e111913(2014))

今の時点では魚の総数より少ないですが、このままのペースで海洋プラスチックが増え続けると、その数は逆転すると推測されています。

MPの種類を教えてください

我々が調査の対象にしているのは、主に海面に浮いているMPです。材質は主に3種類あります。ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、発泡ポリスチレン(PS)これらが大部分ですが、その他にポリウレタンなどもあり、約9割はこのプラスチック材質のMPが海に漂っていることになります。

しかし、実際に調査をすると意外にストローなどは少なくて、洗濯ばさみや人口芝など日常の生活から出たものが多いと感じています。

MPは川から流れてくる?

はい、そのように考えています。MPは海流に乗って遠くの海から流れてくるイメージが強いですが、相模湾の南側に流れている黒潮の影響なら、相模湾内どこで調べても同じMPの分布になる思います。

しかし、実際は海岸によって材質の違いが確認されています。ということは、外海から来るより内陸部から流れ出てくる影響だと推測できるのです。

プラスチック片がMPになるまでどのくらいの期間でしょうか?

自分たちで検証したデータがありませんが、文献によると、大きなプラスチック製品が海に流れ出て、波や潮の満ち引きの影響で砂浜に打ち上がったプラスチック片は、真夏の50℃近い高温と、太陽の強い紫外線の影響により劣化反応が速やかに進み、砂浜と海中の往復を繰り返すことによって細かくなってゆきますが、年単位の時間がかかると思います。

また、海底に沈んでいるプラスチックは温度が低く、太陽の光も届かないので劣化反応は進みません。なので、MPにならないプラスチック片は川底や海底に多く沈んでいると考えられます。もしかしたら海に浮いているものより、海底に沈んでいるプラスチックの方が多いかもしれません。

2018年7月に由比ヶ浜にクジラが上がりました

解剖は国立科学博物館が担当しました。胃の中からビニールのような素材が出てきました。その素材の一部の分析を担当させていただき、材質はナイロンのシートだということがわかりました。

MPが注目をされ始めたのは?

2001年に発表された東京農工大学農学部 環境資源学科 教授 高田秀重さん(第2回掲載)の論文には、海に流れ出るMPがPCBなどの有害物質を付着させ、運び屋になっいることが実証され、世界的に注目されたと記憶しています。

しかし、MP問題が一般の方に届くようになったのは4年前のエルマウサミットです。

小魚にもMPがたくさん蓄積していそうですね

2年前にMPの勉強をさせていただくためにお伺いした高田秀重さんのお話によると、カタクチイワシを使ってどのくらいの量のMPを食べているかを調べた結果、「東京湾の約8割の魚の中からMPが出てきた」というデータがあるそうです。

海鳥に関しても体内からMPが見つかっており、摂取してしまったMPの化学物質が体内に蓄積するリスクも懸念されているようです。

MPを採取する方法は?

今まで調べ方さえ分からなかったので、どのようにすれば有効なデータが取れるか検討した結果、直接海面に浮いているMPを採取するのはとても大変なので、浜に打ち上げられたMPを採取する手法にしました。我々が実践している定点観測はかなり手間がかかるので、一部を簡略化した方法で県民の皆様に採取していたサンプルも分析しています。

参照)http://www.pref.kanagawa.jp/docs/b4f/cyousakenkyu/seika/microplastics_more_info1.html

県民の皆様が調査に協力してくれている?

例えば、湘南エリアを活動拠点にしている「相模川・桂川 流域協議会」「神奈川県 環境学習リーダー会」「さざなみ」など、環境活動のグループや個人の方に協力していただいています。

活動団体の方はなぜ調査してくれるのでしょう?

環境科学センターでは「環境学習講座」を開催しています。その講座を受講してくれた環境に興味のある方々にお願いしました。環境を良くしたい市民のニーズと私たちの想いがマッチングした状況です。

それに、私たちだけで調査すると5箇所を調べるのが手一杯です。この5箇所は精密な採取をしているのですが、協力していただける場合は原則「いつ、どこで」と言わず「お好きな時間にお好きな場所で」とお願いしています。ただし現在は採取場所が増えてきており、偏りが生じているため、場所の調整をお願いする場合があります。未調査の場所のデータ取りをすることで、より全体像が見えてくると思います。

採取道具は貸し出しています。採取したサンプルを持ってきていただければ、材質、サイズなど、地点ごとに調べ、記録として残すことができます。

その分析結果はどこかで発表していますか?

まだHPで公表できるほどデータが集まっていません。調査していない空白の地点が多いので、そこが埋まってきたらHPで公表することを考えています。そして、将来的には相模湾のMPマップを作ることができればと思っています。

なお、これまでに県民の皆さんに協力して頂いたサンプルの分析結果は、年1回、平塚のラスカ(商業施設)で行われる神奈川県環境科学センターの業績発表会にて発表しました。
(難波あゆみさん)談

神奈川県として取り組み、県民の方へのお願い

MPを減らすことが最終的な到達目標です。この目標を達成するには、海ごみ全般を減らして行くことが先決だと思っています。それには身の回りのプラスチックをなるべく出さない生活が、第一歩だと思っています。

次のステップは、家の外で使用するプラスチック製品の使い方を見直すことが必要です。その考え方が生活者に浸透していけば、ごみを減らすことができるかもしれません。また、製品を作るメーカーも、環境を意識した製品開発をしていただきたいと思っています。

例えば玄関マットなど、長く使っていると泥を取る突起部分が取れてMPになってしまいます。それが簡単に取れなくなる工夫や、購入期間から一定期間過ぎた製品は、まだ使用できても取り替えるなど、使い方の工夫も大切だと思っています。

「物を大切にする」という気持ちとのギャップが出てしまいますが、日々MPの元となる破片が生まれていることを考えると、心苦しいですが県民の皆様に考えていただきたいです。このように製品の寿命を管理して行くのも、一つの重要な考え方ではないかと私個人としては思います。

調査結果を商品開発などに活かすことは考えていますか?

本当は企業とコラボレーションができれば良いのですが、現時点ではノウハウもありませんし、情報もありません。

破片が出ないプラスチック繊維などのアイデアはあるのですが、それをどう製品に落とし込んでいけば良いのかを探っている状況なので、企業連携もこれからの課題です。

海のない県の取り組みはご存知ですか?

昨年、関東地方の県と政令都市、9自治体で環境対策を話し合う会議があり、MP問題を初めて話しました。内陸部の自治体の方も大勢いらっしゃるので、自分たちの生活からMPがたくさん環境に出ていることを認識していただき、自治体レベルでは合意をしてもらっています。

しかし、一般の市民の方にその意識が浸透し広がっていくかは、これからの大きな課題だと思っています。

海のない県の方々に伝えたいことはありますか?

何度もお伝えしていますが、「プラスチックが都市部から海に流れ出る」ということを理解してもらうのが1番です。日常生活で使われるプラスチック製品からMPが生まれることをぜひ知ってほしいです。

私たちも情報を発信するために、中学校の総合学習の授業で子供達に伝えています。まだそのような事例は少ないですが、繰り返し、地道に啓発してゆきたいです。2021年から社会科の公民の教科書でMP問題を取り上げる動きがあるので、先生や生徒に一気に広がっていけばいいと期待しています。

環境科学センターは神奈川県以外にもありますか?

東京、埼玉、千葉に同じような研究機関があります。そこで連携した取り組みが必要ですが、今はその連携も十分ではありません。

また、神奈川県内では横浜市に環境科学研究所があり、連携しています。横浜市では市内に唯一自然の砂浜が残ってる「野島海岸」を調べています。

これからの課題は?

環境科学センターでは4人でMPの調査を行っています。今まで課題さえ分からなかったのですが、全体像が見えてきたので「一歩は進めた」と思っています。これまでの調査でMPが何か判明してきましたので、これからは、その発生源を絶つにはどのようにしたら良いか「発生源対策」が重要になります。

そのために、内陸から流れてくる川や市街地のごみ発生源の裏付け調査が必要です。それが今後の大きな課題です。

MP問題は解決しますか?

例えば、大気の話になりますが、5年くらい前にPM2.5が話題になりました。しかし、今ではかなり改善されてきました。神奈川県では、少なくともこの2年間は環境基準を達成しています。あんなに騒いだPM2.5問題ですが、中国の環境対策が進んだこともあり、大幅に改善されました。

しかし、MPに関してはこれをやれば「減る」と言う劇的な解決策がありません。それは、MPの元になる原因は様々で、その原因を一つ一つ潰していかないといけないからです。非効率ですが、やらないと減らないと思っています。MP問題には特効薬はないのです。

子供たちができる対策はありますか?

ごみになるようなプラスチックを使わない生活を心がけてほしいです。例えば、コンビニで買い物をする時は、なるべく自分でバックを持っていくことを心がけましょう。それが最初にできる第一歩です。

神奈川県環境科学センター

様々なMP(マイクロプラスチック)

干潮線の上に40センチ四方の採取区間を決めます。

掘る深さ3センチまで。
MPはあまり深いところにはありません

2重のふるいで砂を越す。
上は5ミリ、下は2ミリ下の段のMPを調べます。

砂が濡れていると濾せないので
ビニールやバットに入れて乾かします。

採取の様子。子供達が頑張ってくれています。

採取したMP

PS球

フィルム

ペレット

繊維

破片

MP

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

MP問題はプラごみを片付けると解決すると思われがちですが、実際は日常に使っているプラスチック製品から日々MPが生まれてきます。

例えば、物干し竿についている洗濯バサミは1年も経つとボロボロになりますよね。それから家庭菜園用のプランターやポリバケツなど、何気なく利用されている生活用品がMPに変化する可能性があることを知って欲しいです。

また、プラスチック製品の使い方を見直し、身の回りに気を配ることで環境中に出て行くプラスチック片を減らすことができます。このような取り組みを続けることで、少しづつMPは減ると考えています。

池貝さんの想い

私はどちらからというと山の方が好きです。学生時代は山ばかり登っていました。まさか自分自身が海の調査をするとは思ってもいませんでした。でも実際に海の調査に関わり、自然の大きさや大切さを実感しました。そして、この自然を残してゆきたいという想いが強くなりました。

難波さんの想い

MP問題はプラスチックのあり方について見つめ直す良い機会だと考えています。プラスチックの良いところは、生活を便利にするところです。その恩恵を長年受けているのですが、便利なことを追求した結果、MPのような環境問題を生みました。

このMPの調査を通じて、多くの方がプラスチックの使い方やプラスチックが原因となる環境問題について、考えるきっかけになれば嬉しいです。

池貝隆宏さん

難波あゆみさん 環境科学センター調査研究部 技師

取材・写真:上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)http://jojucamera.com